第199話 風雲頗急―3

 背負ったたきぎに矢が突き立った刹那――。

 佐助は「キエーッ」と猿叫をあげながら宙に跳んだ。跳びながら、佐助は視野の中二、一本の樹の枝を捉えていた。

 間髪を入れず襲ってきた二の矢は、むなしく佐助の影を射た。


「何者じゃ!」

 跳び上がったけやきの枝の上から、佐助が首をめぐらして下を見おろすと、屈強の男どもが、火草と対峙していた。頭数あたまかずは三人。

 いずれの者も渋染めの筒袖に伊賀袴という忍び装束であった。

 ――徳川の忍びじゃな。

 と思った瞬間、三の矢が見当違いの方向へ飛び去った。

 

 一人の男が弓を握りしめたまま、背をのけぞらせてたおれた。火草の投げ打った棒手裏剣が、射手の背を貫いたのだ。

 それを目にした残り二人の男が、血相を変えて白刃をきらめかせ、火草に殺到した。が、男たちの勢いはそこまでであった。


 忍びの者二人は「うっ!」と顔をしかめ、同時に後ずさり、左手で足の裏を払う仕草をした。

 佐助がマキビシを樹上から撒いたのである。

 激痛に瞬時、ひるんだ男どもの顔に、火草が目つぶしを投げつけた。

 目つぶしとは、卵の殻の中に、石灰、唐辛子、山椒などの粉を詰めたものである。

 これが目に入ると、視界が完全に奪われるばかりか、涙が止まらなくなる。


 視界を喪失した恐怖で、やみくもに忍び刀を振りまわす二人に、佐助が樹上から声をかけた。

「おぬしら、服部半蔵どのの手下とみた」

「それがどうした!」

「かしらの半蔵どのに伝えられよ。林之郷近くの神川の岸に、手下の者が眠っておる。名は確か、黒阿弥こと柘植つげ道玄と申しておった。あるじのために血を流し、人知れずこの世を去った者に、一本の香華なりと手向けるべし。オラの名は、猿飛ノ佐助じゃ」  

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