第198話 風雲頗急―2

 火草がさらに言う。

「川中島方面に行ったとなれば、その先は越後。かの者の雇い主は千代乃さま。となれば、その千代乃さまからの書状を上杉家に持参したとも考えられぬか……」

 佐助のどんぐり眼が大きく見開かれた。

「なるほど。それで合点がいった」


「ほう。合点とな。それは、いかなることじゃ」

「忍び仲間の話では、あやつが姿を消して三日後、越後に行ったはずの海翁和尚とともに、いずこからか立ち戻り、長谷寺ちょうこくじの門をくぐったという」

「で、かの者はいま長谷寺におるのか」

「そのように聞いておる」


「ふむ」

「火草どの、いかなることであろうか」

「いずれにせよ、才蔵と和尚、千代乃さまが一本の糸でつながっておるということよ」

「なるほど。しかも、その糸の端は大殿へと伸びておるということか」

「いかにも」


 湿っぽい杣道そまみちをどれくらい歩いたであろうか。二人はいつしか谷沿いの道を抜け、灌木かんぼくの繁る小高い丘の上に立っていた。

 朝風が露を払い、二人の目の前にすすきの原野が広がる。その荒野に無数の煙が立ち昇っている。徳川軍だ。徳川の大軍が兵糧米などを煮焚く炊煙だ。合戦をひかえ、朝餉あさげの用意に取りかかっているのだ。


「あちゃー。旗指物もすごい数じゃ。これは魂消たまげた。オラ、こんな大軍は見たことない」

 口をあんぐり開けた佐助に、火草がささやいた。

「明日にはこの軍勢が海野平辺りまで押し寄せてこよう。このこと、佐助どのは、越後の源次郎さまのもとに駆け馳せ、くご注進あれ。私めは、もう少し探りを入れてから、上田の大殿さまにご報告するつもりじゃ」

「うむ。わかった。では、越後までひとっ走りしてくるわいな」


 佐助がましらのごとく走り出そうとした、その瞬間であった。

 一本の矢が、折から射しそめた朝日をかすめて飛来し、ビシッと音を立てて、背中のたきぎに突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る