第190話 千代乃からの伝言―2
「再度申す。千代乃どのは、京の都で息災におわす」
霧隠才蔵の言葉に、幸村ら一同は衝撃に打ちふるえた。
「聞かれよ。これは、千代乃どのから託された、ご貴殿らへのお
才蔵は地を這うような低い声音ながらも、千代乃からの伝言をはっきりと申し述べた。その趣旨は、以下のとおりであった。
――此度の由々しきこと、京にて聞き及んでおる。皆々の心中、察するに余りあるが、断じて怖れるでない。徳川、北条の大軍が攻め込んで来ようとも、必ずや上杉の後詰めがある。いざとなれば、関白どの自らご出馬の上、真田攻めで手薄となった三河などの家康領に攻めかかるという策も密かに進められている由。徳川、北条との合戦、案ずるなかれ」
この天正13年当時、関白職にあったのは羽柴(豊臣)秀吉である。
秀吉は信長の後継者としての地位を確立し、大坂に三国無双の巨城を築いていた。
一方、公卿の菊亭大納言晴季の斡旋により、翌年には朝廷より豊臣の姓が下賜され、太政大臣に就任することになる。
つまり秀吉の動きを知ることができるのは、朝廷や政権内部に近しい者であり、千代乃はそういった存在なのだ――という思いが、幸村ら一同の胸に去来し、
「やはり千代乃さまは、今も真田家のために働いてらおられるのだ。それも京の都で!」
と、ひととき心をふるわせていた。
雨が近いのか、空は黒々とした雲に覆われ、風も強くなってきた。
才蔵の声は、森陰に潜む佐助の耳にも届いていた。
「今これまで拙者がお伝え申したこと。すべて他言無用に願いたい。ことに千代乃どのの消息については、断じて漏らしてはならぬ。もし漏れれば、あのお方の働きに差し障りが出ぬとも限らぬ。言わずもがなではあるが、念のために申し添えてく」
すべてを伝え終えた才蔵は、それまで瞑目していたかのように見えた幸村が、おのれを見つめていることに気づいた。
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