第185話 霧隠才蔵―1

 南蛮人のような風貌の若武者は、背に負うた長剣を左手ですらりと抜いた。左利きである。

 直後、

「くらえっ!」

「とおーっ!」

 と、殺気立った賊徒どもが口々に喚き、刀や槍を白皙長身の武士に打ちつけてきた。が、それらはことごとく虚空を切った。


 左手に抜き放った武士の長剣が、電光石火、十字にきらめいた刹那――。

 ある者は首を刎ねられ、ある者は胴を薙ぎ払われ、またある者は、顔面を真っ二つに割られて、またたく間に数名の者が峠の赤土の上に転がった。


 瞬後――。

 峠道を駆け上がってきた三十郎らが徒党の中に躍り込み、幾人かをその馬蹄にかけつつ、賊の頭上に「えいっ!」と気合も鋭く、白刃を振りおろした。賊徒の脳天や首筋から幾条もの血飛沫しぶきが上がり、降りそそぐ血雨が馬体を濡らす。


「ち、散れっ!」

 首領の口から、ほとばしった絶叫が、一瞬の後、

「ぎゃっ」

 という気味の悪い断末魔の悲鳴に変わった。

 その首が、血を噴きながら坂道を転げ落ちてゆく。


 転瞬――。

 首領の首が刎ねられたのを見て、手下の男どもが蜘蛛くもの子を散らしたように、サッと峠から掻き消えた。

「見たかっ」

 長身痩躯の武士は、低い声音を吐いて、長剣をぬぐった。


 そうした一部始終を、薄昏い森の中から、の葉隠れの術を用いて見守る小さな影があった。痘痕あばたに覆われた顔に、猿のような金壺眼。佐助だ。

 陰守りの佐助は、佐江姫から一つの指図を受けていた。

「わらわの目となり、耳となり、源次郎さまの道中つつがなきを陰ながらお守りせよ」

「ハッ」

「もし、万一のときは、そなた得意の石礫つぶてで賊を追い払うのじゃ。陰守りの本分を忘れず、できるだけ誰にも気づかれぬようにな」

 

 だが、佐助はこの佐江姫の申しつけを忘れそうになる瞬間があった。

 それは、峠の上で待ち伏せ、矢をつがえる賊の姿に気づいたときである。

 その瞬間、佐助は、

「あぶないっ!」

 と、石礫を打つのも忘れ、幸村ら一行の前に飛び出そうとしたが、それより早く長剣の武士が十字手裏剣を射手に放っていた。

 

 佐助は森の影で項垂うなだれた。

 南蛮人のような十字手裏剣のぬしに遅れを取り、わが身のつたなさを深く恥じ入ったのであった。

 

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