第184話 風魔の待ち伏せ―3

 地蔵峠の上から降ってくる矢をギリギリのところでかわして、

「おのれっ!」

 と、矢沢三十郎頼康が怒号した。

 父頼綱ゆずりの熱い血は、一瞬にして沸点に達し、馬上、「許さぬ」と太刀を抜き放つ。


 そして、襲ってくる二の矢、三の矢を太刀で払うや、まっしぐらに敵に突進した。その三十郎のすぐ後を、気負い立った根津甚八が槍をかざし、遅れじと馬腹を蹴った。つづいて、望月六郎、由利鎌之助、海野六郎らが土煙りを舞い立たせ、怒涛の勢いで峠道を駆け上がった。


 太刀を振りあげ、真っ先、敵に迫ろうとする三十郎に、一味の射手いてがピタリと狙いをつけた。

 まさに、その瞬間――。

 弓をぎりりと引き絞っていた射手は、

「ぐえっ」

 と、のけぞるようにたおれ、矢はむなしく空に弾け飛んだ。

 さらに斃れること、三、四人。いずれも、その首根に十字手裏剣があやまたず突き刺さっているではないか。


「何奴!」

 賊徒の首領らしき巨漢の誰何すいかに、

「うぬら風魔は狂い犬よ。犬に名乗るいわれはない」

 と、言い放って、峠の千年杉の上から、ひらりと舞い降りた紅い影がある。


 南蛮人の血が混じっているのであろうか。

 賊徒の前に、すくっと立ちはだかったのは、白皙はくせき長身の若い武士であった。

 手ひと束に切りそろえた褐色の総髪を肩まで垂らし、紅羅紗べにラシャの袖なし羽織には、銀糸による十字紋の刺繍。黒のなめし皮袴をはき、背には四尺もあろうかと思われる長剣を負うている。


 それに対し、鼠色の胴服を着込んだ巨漢の頭目は、俗に言う一本眉毛で、異様に飛び出した眼球が血走っている。巨大な鷲鼻の下にある大きな唇は髭に覆われ、いかにも異相、容貌魁偉であった。

「うぬっ。小癪こしゃくな若造めが!殺れいっ」

 巨漢のぶ厚い唇から野太い声が発せられた。

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