第183話 風魔の待ち伏せ―2

 海津城へは、真田郷から松代まつしろ道へと入り、この山中の道を五里ほど西にゆく。松代道は、傍陽川沿いに開かれた古道で、地蔵峠から善光寺平へと抜けられ、千曲川沿いの北国街道をたどるよりも近道となる。


 話はいささか脇にれるが、真田氏発祥の真田郷は、この松代道と大笹街道、上州街道などが交差する地点にあり、当時、人や物資の流入が盛んであった。たとえば、大笹街道は、一日に荷駄馬が百駄ほど通過するにぎわいであったという。


 言うまでもなく、すべての街道の要所には、番所(関所)が設けられ、運ばれる荷駄には関銭と呼ばれる通行税が徴収される。戦国の世に真田氏が台頭したのは、これらの主要な街道筋を掌握できる要衝の地を拠点としていたことも、ひとつの要因といえよう。


 さて、松代道をゆく幸村ら一行は、すでに入軽井沢を過ぎ、沼入沢の地へと差し掛かった。もうすぐ国ざかいの地蔵峠だ。この地蔵峠辺りは、昼なおくらい山峡の道である。坂道の両側には、松、かし、檜、杉などの古木が鬱蒼と茂り、隧道ずいどうのような湿気が感じられる。時折、山ヒルが樹上から背や首にポタポタと落ち、人や馬の血を吸おうとする。


 坂道を前へ前へと進む一行の頭上で、突如、遠雷が轟いた。

 空を見上げれば、分厚い雲の中に閃光が走り、今度は近くで雷鳴が響いた。

 その刹那――。

 前方から空気を裂くような音がした。

 咄嗟に、先頭をゆく幸村が馬上、身をかがめた。

 その頭上を、ひと筋の矢が唸りをあげて走り過ぎた。


 急峻な坂の上に、雨をはらんだ黒雲を背にして、胡乱うろんな徒党の影が蠢いている。

「賊だ。地蔵峠で待ち伏せしておる」

 望月六郎がそう叫ぶや、さらに数本の矢が頭上から襲ってきた。

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