第182話 風魔の待ち伏せ―1

 矢沢三十郎頼康が、

「若のお供はそれがしがつかまつる」

 と、声を上げるや、広間は騒然となった。

 望月六郎、筧十蔵、根津甚八、由利鎌之助、海野六郎らが、われもわれもと随行を願い出たのである。


 このとき、海翁がギョロリと目玉を剥き、

「待たれよ!」

 と、破鐘われがねのような大音声を響かせた。

 一同の視線が集まる中、海翁が胸を張る。

愚禿ぐとくもご同行つかまつろう。かつては、これでも景勝公の旗本、海野佐馬充幸光として、御館の乱ではいささかの武功をあげておる。それゆえ、上杉家中には今でも顔がきくでな」


 なるほどと、皆がうなずくや、海翁はじろりと一同をめまわし、見栄みえを切った。

「それに、誠に申し難きことなれど、供奉ぐぶされる方々が若い者ばかりでは、いささか心もとないことと存ずる」

 これを聞き、三十郎頼康らの顔に苦笑の色が浮かんだ。


 かくして、昌幸は、海翁を介添え役として、幸村をひとまず上杉の海津城に送った。

 海津城の城代は、須田満親みつちかである。満親は景勝麾下の武将として、その知行高は一万二千石余。上杉家では、家老の直江兼続に次ぐ大身たいしんである。

 また、この須田満親は、上田の隣にある高井郡須田郷を本貫としており、そうした地縁上、昌幸や矢沢三十郎、海翁らとも旧知の間柄であった。

 昌幸は、まず道中の途次にある海津城の満親に挨拶して、景勝の居城である春日山城へ伺候するのが筋と考えたのであった。


 幸村警固のために差し添えられたのは、騎馬六騎、足軽三十名余。騎馬の武者は、矢沢三十郎頼康を筆頭に、望月六郎、筧十蔵、由利鎌之助、海野六郎、そして根津小次郎甚八であった。


 この甚八は、根津甚平の一子であるが、正室お亀の子ではない。

 子宝に恵まれぬお亀の方は、おのれの下女の中から最も眉目麗しい女子を選び、甚平の側室とした。甚八は、その「借り物の腹」が産んだ根津家の跡取りである。

 甚八は矮躯わいくの父甚平に似つかぬ大兵で、今年十六歳ながら三つ年嵩としかさの幸村より大人びて見える。負けん気の強い性格なのであろう。年若とはいえ、皆に侮られまいとする気組みが、きりりと上げた眦ににじみ出ている。


 しかし、この海津城への道中には、ただならぬことが待ち受けていた。

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