第175話 敵の敵は味方―2

 昌幸は碁盤見つめながら長考に入った。

「こやつの申した一手、なかなかによい。上杉家は、亡き不識庵謙信けんしん公以来、義を重んじる誇り高い士風と聞いておる。家康みたいに恩着せがましいことも、無理難題も吹っ掛けてこぬであろう」

 盤上では黒が優勢であった。

「にしても、わが子ながら妙手を思いつくことよ。盤上、那智黒が黒々と冴えておる」


 それに反し――。

 と、昌幸の脳裏に、岩櫃いわびつの城を守る嫡男信幸のぶゆきの姿がよぎった。

 ――あの者、図体が大きいだけで、才能のひらめきが感じられぬ。

 この頃、昌幸は、真田の家督を継ぐのは、幸村こそふさわしいのではないかと思いが、頭をもたげつつあった。

 しかしながら、それは信幸の実母で、正室である山之手殿の手前、口が裂けても言えぬし、言いたくもない。あの癇癪かんしゃく持ち女の金切り声だけは、断じて聞きたくない。


 昌幸は山之手殿の幻影を振り切るように頭をふった。

 そこに、幸村の声が覆いかぶさる。

「父上……父上の番でござる」

 幸村のいぶかしげな声音に、昌幸はハッとわれに返り、急ぎ白の石を盤上に置いた。しかし、それは明らかに悪手であった。

 ――やれやれ負けたか。

 昌幸は内心舌打ちをしながら、幸村に語りかけた。

「で、上杉を頼れとな」

「ふふっ、それが当面打っておくべき手ではないかと存じまする。何事も転ばぬ先の杖。先手、先手と……」

 ここで、昌幸が幸村の顔をまじまじと見つめた。

「源次郎……」

「はい?」

「そなたのそのさかしげな口ぶり。もしや、すでになにか手を打ったな?そうであろう」

「ご賢察、恐れ入りまする」

 幸村は昌幸の前に深々と頭を垂れた。

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