第172話 再度の刺客―2

 家康に取り入って、上田の地をわがものとしたい。徳川軍の力を背景とすれば、それが可能となるやもしれぬ――。


 室賀正武は、服部半蔵から昌幸暗殺の謀りごとを聞きながら、野心を燃やした。

 半蔵が言う。

「真田安房守は碁が好きと聞いておる。室賀どのも、過去、幾度か安房守と碁を打ったとか。間違いござらぬか」

「いかにも、そのとおり。かつては碁仲間でござった」

「しからば……」


 その後、室賀正武は、昌幸に書状を送って、こう申し入れた。

「久方ぶりに昌幸どのと碁盤を囲み、旧交を温めたく存ずる」

 この申し出が受諾されるや、正武は殺意を隠して上田城に乗り込んだ。

 が、この企みは真田忍びによって筒抜けとなっていた。半蔵の行動は、上田に足を踏み入れる前から、逐一見張られていたのである。

 正武は上田城に入った途端、命を失くした。

 真田忍びの中で剣の腕が立つ割田わりた勝重の手によって討ち取られたという。


 二度も刺客を送られた昌幸は、怒りに怒った。

「腹黒な家康め。もののふなら、合戦にて勝敗を決すべし」

「大大名でありながら、暗殺を企むなど言語道断。所詮、あやつは二流、三流の人物よ」

 確かに、家康は二流の人物であった。

 家康が天下を取れたのは、本能寺の変で信長が横死し、秀吉が大坂城で信長の亡霊に殺される悪夢を見ながら発狂死したおかげに過ぎない。


 昌幸は家臣らの前で宣言した。

「沼田はわれら真田の一族郎党が、血と汗であがなったもの。家康に下賜かしされたものにあらず。よって、沼田は徳川に渡さぬ」

 家臣らもきっぱりと腹を固めた。

「大殿の仰せ、ごもっとも。われら身命を賭して、真田の地を守り抜く覚悟。徳川に目にもの、見せてりましょうぞ」

 そりゃそうだろう。人の領地を取りあげるのに代替地だいたいちすら示さず、あまつさえ真田家当主の暗殺を企てるような家康に従うなどできようか。

 ここに、真田家はひとつにまとまった。

 信濃の空に戦雲が渦巻きはじめたのである。

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