第170話 沼田城の戦い―5

 馬上、海野六郎は、敵の総大将たる氏邦の姿を求めた。

 すると、二丁ほども先にきらびやかな甲冑をまとった武者姿が見え隠れする。


 ――あれは、氏邦なるか。

 六郎がさらに近づくべく、馬腹を蹴ったとき、鉄砲の轟音が響いた。

 見れば、筧十蔵が馬上筒で氏邦を狙い、狙撃している。が、鉄砲の名手、十蔵ともあろうものが的をはずし、くら前輪まえわを叩いて悔しがっている。


「へへんっ。ざまあ。氏邦の首は、この六郎のものよ」

 六郎は馬の尻を弓で叩き、敗走する北条軍を追った。

 やがて――。

 騎馬の側近衆に囲まれ、必死に逃げる氏邦の姿を発見した。しかも、弓で狙うには手ごろな距離の一丁先である。

「首はもらった!わしが一番手柄じゃ」

 馬上、六郎は強弓をぎりぎりと満月のごとく引き絞り、狙いすますや、必殺の矢をビュンと放った。

 六郎の矢は氏邦めがけてまっすぐに飛んだ。

「当たった!手応え、あり」

 が、しかし、手元がわずかにブレたのか、矢は兜に当たり、はじき返された。氏邦の兜は、名だたる甲冑師、明珍の作であったのだ。


 かろうじて命拾いした氏邦は、これにりて城を遠巻きにし、陣形を整え直したものの、所詮及び腰である。

 上州の肌射す寒風は、野営の北条軍の戦意をくじいた。加えて、兵糧も乏しくなってきたのか、ついには包囲を解き、本拠地の小田原へと退却していった。


 ここまで、火草の話に耳を傾けていた佐江は、安堵の吐息をついた。

「なれど、これで幕引きになるとは思えませぬ」

 火草は、佐江の切れ長の双眸を見つめつつ、言葉をつづけた。

「北条は遠からず此度を上回る大軍で、再び沼田に攻め寄せてまいりましょう。北条の初代は乱世の梟雄早雲そううん。謀叛を重ねて下剋上を果たしただけに、その血筋は蛇性じゃせいにて陰険執拗。現在の当主氏直ばかりか、歴代当主もまた残忍無比な風魔忍びの飼い主であることが、その証と存じます。血は争えぬものにございまする」



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