第169話 沼田城の戦い―4

 蟻のように黒々と城壁に取りついた北条軍から、悲鳴が上がった。

「うわっ、臭い!」

「なっ、な、なんだ。これは!」

 北条の士卒に茶色い液体が降りそそぎ、たちまち鎧は着ていられないほどの匂いに包まれた。それは、糞尿であった。糞尿が柄杓で上からバラ撒かれているのだ。完全に戦意喪失である。


 それでもよじ登って来る者には、塀の内側や櫓の上から、真っ赤におこった炭火すみびがザザッと振り注いだ。これが具足の間に入り込んだからたまらない。城壁に取りついていた士卒は、どうっともがき落ちた。

 そこへ、城内から雨あられのごとく大石が落下してきた。矢玉も散々に馳走され、城壁の下は死屍累々の有様である。


「引け、引けいっ」

 北条軍が算を乱して逃げはじめるのを見るや、老将頼綱が叫んだ。

「門、開けいっ!」

 大柄な愛馬に跨った頼綱は、精鋭700騎を率いて、真っ先に北条軍の中に躍り込んだ。その腕には、伝説の愛槍あいそう小松明こたいまつ」がきらめく。

 この小松明の槍は、虚空蔵山に棲んでいた鬼神を退治する際、信濃の水内八幡宮から授かったものである。しかも、小松明は、その名のとおり、夜討ちをかけると、馬上、本物の松明のように光り輝き、行く手を照らすという。


 頼綱は北条軍を蹴散らしながら進み、馬上、再び叫んだ。

「勝機は今ぞ。われにつづけ!」

 総大将みずから斬り込む姿に、麾下の将卒の意気はあがり、勇躍、敵に襲いかかった。槍で敵兵を次々に串刺しにして、前へ前へと進む。


 こうなると、いったん浮足立った北条方は、大軍であるだけに収拾がつかない。頼綱に一方的に斬り立てられ、見るも無残な大敗を喫した。

 すかさず幸村らも大手の出丸から騎馬で討って出た。

 海野六郎が得手の弓を小脇に抱え、馬上、える。

「氏邦どのの首は、信長同様、このわしが貰い受ける。ええいっ、どけ、どけっ。わしの前に出て邪魔するでないっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る