第167話 沼田城の戦い―2

 猪俣能登守が、望月六郎率いる伏兵に逆襲をかけようとした瞬間、筧十蔵が絶叫した。

「撃てえええ―っ」

 真田鉄砲隊の銃口が一斉に火を噴いた。その硝煙の向こうで、敵の騎馬武者が崩れ落ちる。

 

 つづいて、海野六郎の声がした。

「弓隊、放て、放てえええーっ」

 弓箭きゅうせんの達人に鍛えられた弓隊の凄まじい猛射に、猪俣隊はあわてふためいた。


 能登守が必死の形相で叫ぶ。

「引けっ、引けいっ」

 そこへ、おとりとなって利根川を渡河しようとしていた幸村の騎馬隊が、きびすを返して怒涛のごとく突っ込んだ。

 

 川霧の晴れた沼田の野には、惨たる光景があった。猪俣隊の士卒の屍骸が累々として横たわり、矢玉を受けた軍馬がたおれている。その日、北条方はおびただしい死傷者を残して潰走したのである。


 沼田の合戦について、火草からここまで聞いた佐江は、「ふっ」と吐息を漏らし、

「さすがは源次郎さまであられる。して、わがお父上さまはいかに?」

 と、父頼綱の陣中での様子を問うた。

 老いても暴れん坊の気性丸出しの父が、無茶をしないか、ということが心配の種だったのだ。


 この矢沢頼綱という武将については、前にも述べたが、若年の頃に親の命で出家し、京都鞍馬の僧となっていた。しかし、夜な夜な寺を抜け出し、酒を飲んでは武士に乱暴狼藉というか、むやみに喧嘩を売る。挙句、鞍馬から放逐されたという逸話の持ち主である。


 そこで天文12年の頃、郷里信濃に帰って還俗したものの、荒ぶる魂を抱えた頼綱が、安穏な日々に埋没するはずもない。やがて、武田信玄麾下の信濃先方衆であった兄の幸隆を助けて戦さ働きをなす。

 頼綱が武将としての頭角を現し、勇名を馳せるようになったのは、兄幸隆の死後のことである。

 真田幸隆は、難攻不落の信濃砥石城をはじめ、上州の城砦までもを謀略で次々と陥落させた。その輝かしい武功の前には、荒武者の頼綱といえども霞んで陰の存在でしかなかったということであろう。

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