第166話 沼田城の戦い―1

 沼田城は、利根川とその支流の蓮根はすね川、片品かたしな川が合流する断崖絶壁の上にある堅城である。

 幸村らが籠った出丸は、城の大手に築かれた。これは、甲州流の馬出しの形状をした曲輪であり、前面に防御の三日月堀、左右に騎馬で打って出る虎口を設けている。また、三方には柵、空堀をめぐらせた上、中核となる曲輪は土塁で囲んでいる。防ぐに堅く、攻撃に打って出やすい要塞といえよう。


 この馬出しの曲輪は、武田氏の城でよく見られ、後年、大坂の陣が勃発した際、幸村が築いた真田丸は、この甲州流曲輪を原型としている。


 さて、沼田城の大手門外に築かれた出丸を、「しゃらくさい」とばかりに、北条軍は攻め立てようとした。

 これに「待った」をかけたのが総大将の北条氏邦うじくにである。

「者ども、見よ。真田の六文銭の旗幟が、微動だにせず、粛として待ち構えておる。城方に何か策があると見た。いたずらに手を出すと、あやういことになろう。軽挙妄動するなかれ」


 かくして一万余の北条軍は、まずは城を長囲ちょういし、様子を見ることにした。そのまま数日間が経過し、川霧が両軍を包んだ。

 ある朝のことである。

 北条軍のおぼろな視界に、利根川を渡河しようとする一軍の姿が飛び込んできた。目を凝らして見れば、六文銭の旗指物をひるがえしているではないか。


 北条軍はどよめいた。

「やっ、敵が城から出てきたぞ。どこへ行く?」

「川の対岸には、真田の支城、名胡桃なぐるみ城がある」

「となれば、そこに撤退しておるのだ。逃すな。追撃せよ!」

 北条方の武将、猪俣いのまた能登守の軍勢二千余は、土煙りをあげ、猛然と追いすがった。


 猪俣隊は、初戦の手柄を立てたいばかりに、まっしぐらに猪突猛進した。これに、背後から喊声をあげて襲いかかったのが、望月六郎率いる真田忍びと陣借りの浪人部隊三百余である。

 六郎が端正な顔を歪めて、あらん限りの声で下知した。

「者ども、かかれ、かかれいっ!」

 相手の裏をつく奇襲が見事に成功したのだ。

 驚いた猪俣能登守は、

「すわ、埋伏まいふくの兵がおりしか」

 と、すかさず兵を返し、伏兵に立ち向かおうとした。

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