第164話 オシラサマの化身―2

 集まった草の者は、佐江姫の不可思議な霊力についてささやき合った。

「大殿さまのご災難を夢のお告げで予見されたと聞く」

「佐江姫さまの凶夢は、常に正夢になるという」

「ふむ。霊妙なことよのう」

「まるで神がかりじゃ。オシラサマが憑依されたか」

「そう言えば、姫さまのお鷹は白い。お馬も白い」

「確かに、そのとおりじゃ。何故に、今までそれに気づかなんだか」

「さすれば、佐江姫さまは……!」

「おおっ、もしやオシラサマのお使いであられるか」


 ここ信濃で、オシラサマ(お白さま)とは、真田氏を含む滋野一族の氏神、白鳥明神のことをいう。白鳥明神は、武士だけでなく山伏や忍びの者、歩き巫女らくノ一らからも、霊妙な力が宿る神として篤く信仰されていた。


 神仏に帰依すること深く、諸々の迷信、俗信が信奉され、ときには漆黒の闇に跳梁跋扈する魑魅魍魎の類すらも存在が信じられていた中世のことである。信心への念は、現代とは比べようもないほど深く、強い。


 さほどの月日を経ずして、佐江姫にまつわる霊的な噂は、草の者から上田の領民、戸隠や飯縄の神人、山伏、歩き巫女らの口から口へと伝播でんぱし、人々はたちまち佐江姫を神格化するに至った。

「姫さまはオシラサマの化身であられる」

「生き神さまじゃ!」

「生き菩薩さまじゃ!」

 少女の頃から巷間こうかん、「信濃随一、否、東国随一の美姫びきであられる」と、謳われていただけに、その喧伝にはすさまじい拍車がかかった。

 ましてや近頃、この姫御前ひめごぜは、元来の美貌に犯しがたい気品と香気が備わり、その容色まぶしいほどであった。


 しかも、ただの気弱な深窓の姫君とは異なり、その切れ長の明眸には、聡明さと溌剌はつらつたる生気があふれ、一点の濁りもない澄んだ霊気を発しているかのようであった。無論、そのような下々しもじもの思いや、下世話な風評が佐江の耳に入るはずもない。昌幸の身に凶事が発生して以来、その美しい眉目は曇りがちであった。


 鈍色の陰鬱な冬の空が厚く垂れこめ、上田城に覆いかぶさっていた。

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