第161話 伊賀者との対決―3

「そうじゃ。取引きをせぬか」

 再び賊の男が言った。

 佐助は困惑し、黙り込んだ。

 

「考えてもみよ。ここでわしが、氏素性を明かせばよいだけのことではないか。さすれば、すべてを察することができよう。わざわざ捕えて詮議することはない」

 さて、どうしたものか。

 人のよい佐助は判断に迷った。

 その迷いにつけ込んで、男がさらに言葉を重ねる。

「佐助どの、忍び同士は相身互いよ。われら、このままでは本当に凍え死ぬぞ。わしはおのれの氏素性、身分を明かすゆえ、互いの刃を鞘に納めようではないか」


 確かに凍え死ぬほど寒い。すでに指先にはかすかに震えがきている。

 しかし、人殺しの言うことを信じてよいものか。

 佐助がなおも逡巡していると、男はれたように、

「拙者は半蔵さま配下、伊賀の黒阿弥くろあみこと、柘植つげ道玄と申す者」

 と、口早に告げた。

 

「半蔵とは、あの服部半蔵のことか」

 当節、鬼半蔵とも称される服部半蔵の名は、徳川家に仕える伊賀二百人組頭領として世に隠れもない。

 佐助の間の抜けた問いに、男はいらついた。

「忍びのくせに、しれたことを言うでない。それより、いつまで拙者の背に跨っておる。早くどかぬか。ほれ、後ろに人がるぞ」


 瞬後―。

 背後でかすかな物音がした。

 ――うぬっ。さては仲間がおったのか!

 だが、その物音は、伊賀者がうつ伏せの大勢のまま、足の指で小石をはさみ、後方へと投じた音にすぎなかった。

 佐助はものの見事にあざむかれ、

「キエーッ」

 と、甲高い猿叫えんきょうをあげ、巨漢の背から横っ飛びに撥ね退いた。


 その刹那、鎧通しを振りかざした黒阿弥の大きな影が佐助に覆いかぶさってきた。

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