第160話 伊賀者との対決―2

 賊の男は、信じられぬという顔をした。

 背後の岩陰から、黒い鉤縄かぎなわが生き物のようにスルスルッと飛来し、自分のあしをつかんだのである。


「伊賀で名うての忍びといわれた、この俺がなんたることか!」

 男は愕然としながらも、鉤縄をあやつる佐助に向かって吹き矢を放った。

 その鋭い攻撃を間一髪、躱しつつ、佐助は鉤縄をグイッと引き、男の巨躯を転倒させた。男が顔を河原の石に思いきり打ちつけた。


 と、同時に、身をましらのごとく跳躍させ、宙で腰の脇差を抜き放つや、腹ばいに転倒した男の背にドスンと跨った。

 目にもとまらぬ神速であった。

「オラの勝ちじゃ」

 脇差の切っ先を賊の首根に押し当て、佐助が勝ち誇った声をあげた。


 と――。

 なんたることか。

 佐助の右脇腹に、チクリとかすかな痛みが走った。いつの間にか、男が後ろ手のまま、佐助の横腹に鎧通しを擬していたのだ。

「動くでない」

「それは、オラのセリフじゃ」

 河岸にうつぶせに倒れ伏した大男、そしてその背に跨った佐助の小さな影。

 双方、毛ほども微動だにせず、半刻(一時間)余りの時が流れた。あたりに人影はない。瀬音のみが聞こえる河原に、低く垂れこめた空が雪が舞い落ちてくる。凛冽りんれつたる冬の大気が、互いの躰を芯まで凍えさせる。


 先に口を開いたのは、賊の男であった。

小法師こぼうしどの、名はなんと申す」

 この賊が言う小法師とは、小さな男といった程度の意味を込めたものである。

 しかし、佐助は揶揄からかわれたと思い、憤然たる声で名乗った。

「猿飛ノ佐助じゃ。それがなんとした」

「佐助どのとやら。ひとつ訊ねる。拙者をなぜ生け捕りにしたい?」

「大殿を襲ったおまえが、いずれの回し者か。捕えた上で、それを問いたださねばならぬ」

「ふむ。されど、このままでは、われら両名とも、この寒空のもと凍え死ぬ。ここは、ひとつ取引きと参らぬか」

「取引き……」

 佐助は男から発せられた予想外の言葉に、絶句した。

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