第159話 伊賀者との対決―1

 佐助は一人、賊を追った。

 昨夜来、降り積もった新雪の上に、足跡が点々とつづいている。尋常の歩幅ではない。明らかに上背のある男が、跳ぶように走り逃げた大きな歩幅である。


 佐助は足跡をひょいひょいと辿りながら、同じ忍びの者として、自分なら追手からいかに逃れるか考えた。足跡は大手門から東の方角へと向かっていた。東には神川がある。足跡を消すためには、神川べりの流れに足を踏み入れて歩き、しかる後、浅瀬を渡河するであろう。


 と、なれば――。

「そうだ、あそこしかない。待ち伏せするとすれば、あそこしかない」

 佐助は神川上流の浅瀬へと、雪を跳ね上げて疾駆した。


 それから四半刻(約30分)後。

 百姓姿の賊の姿が、案の定、浅瀬のある林之郷はやしのごうに現れた。

 林之郷からさらに東に逃走すれば、昼なお昏い大室山おおむろやまがあり、その山麓には上州へとつづく間道がある。


「待っておったぞ」

 隠形おんぎょうの術を使い、河原の石と化した佐助が声を発した。

 その声はどこから発せられているのか、全くわからない。忍びの技のひとつ、暗声あんせいである。


 男は反射的に六尺余の巨躯をかがめ、右手を懐中に入れるや、前後左右に視線を飛ばした。

 佐助の暗声が男を揶揄からかう。

「ほれ、ここだ、ここだ」

 男は気配を嗅ぎとった向きへ、すかさず懐の十字手裏剣を矢継ぎ早に打ち放った。が、それらはことごとく河原の石や岩に当たり、キーン、キーンと乾いた金属音を響かせるのみであった。


「その十字手裏剣。やはり、透波乱波の類であったか」

 佐助の声に、

「うぬも、どうせ同じ穴のムジナであろう」

 と、巨漢が油断ない目配りで応じる。

「違う。オラはおまえのような人殺しではない。要らざる殺生をせぬのが真田忍びよ。おまえは生け捕りにせねばならぬ」

「ほう。それは見上げたものじゃ。なれど、そうはいかぬわ」

 と、言いかけた途端、幾筋かの刀傷が走る男の顔に、驚愕の色が浮かんだ。


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