第158話 猿飛ノ佐助―4

 昌幸を襲った賊は、手練れの忍びである。さもなければ、上田城の奥深くに忍び込み、しかも警固の者の隙をついて昌幸を襲撃できるはずがないではないか。

「姫さまから賊を生け捕りにせよと言われたが、困ったのう。オラの手では余るかも……ここは真田の忍び衆にご加勢を頼みたいところじゃが……」

  だが、頼ることはできない。彼ら真田忍びは、幸村とともに上州沼田城にいた。


 上田城が完成に近づいたこの当時、関東の政治情勢は急展開を見せていた。徳川家康が豊臣秀吉と対抗するため、それまで敵対していた北条氏直と手を結んだのである。この和睦により、家康は後ろ固めに成功した。氏直に背後を衝かれることなく、秀吉との対決に専念できるのだ。


 しかしながら、徳川と北条の和睦は、真田家にとって実に不愉快で由々しき事態となった。両者の和睦条件として、家康が氏直の求めに応じて、沼田城を北条家に割譲するという盟約を締結してしまったのだ。

 無論、沼田城は真田の城である。にもかかわらず、家康は昌幸に断りもなく、一方的にこの処置をなした。


 昌幸は怒った。当然である。

 そればかりではない。ならば目にもの見せてやると、沼田城を拠点にして、上野国こうずけのくに(群馬県)をさかんに蚕食さんしょくし、真田家の勢力範囲を拡大しようとした。

 家康は完全に昌幸という人物を見誤っていた。

「真田など土豪に毛の生えた程度のもの。わが徳川家の決めたことに叛逆する力があるはずもない。どうせ、わしの命令に神妙に這いつくばって、唯々諾々と従うであろう」

 と、思い込んでいたのだ。

 だが、昌幸は相手が大国といえども、筋の通らぬことを許すような男ではない。事態は家康の思惑とは逆に動き、百戦練磨の武将矢沢頼綱率いる一軍に加え、真田幸村麾下の忍び衆百人余の援兵を沼田の陣に投入した。これにより、上州の利根郡、吾妻郡では、風雲急となっていたのである。


 佐助はやむなく一人、賊の足取りを追った。 

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