第155話 猿飛ノ佐助―1

 年が押し詰まり、上田の里はまぶしい白銀に覆い尽くされた。

 そうしたある日の朝――。

 佐江姫は、南の殿城とのしろにある矢沢城から騎馬で上田城を訪れ、落成まぎわの天守へと歩を進めた。急な階段を一歩、一歩のぼる。


 この頃、上田城本丸には三層の天守がつくられていた。一瞥、櫓と見まごうような規模ながら、最上階の望楼には外廻り縁と高欄を備え、二層東面には切妻破風が大手に向けて威厳を放っていた。


 佐江姫は、望楼から北を見はるかす。そこには冠雪の太郎山が朝日を浴びてそびえる。南に目を移せば雪原を貫くかのように千曲川が滔々たる流れを見せる。眼下の二の丸には、湖のよう百間堀が満々と水を湛える。


「皆々さまのお働きにより、残すは三の丸の普請のみ。そして、春ともなれば、晴れて源次郎さまと……」

 佐江姫は、おのれの独り言に思わず頬を染めた。


 ――と。

 階段をのぼってくる足音がする。

「おやっ、大殿さま」

 昌幸であった。

「大殿さま、ご覧遊ばせ。見事な眺望にございます。天守から眺める雪景色は、また格別にございますな」

「うむ。まったくもって美しいことよ。この城も、まもなく落慶となる。姫には、待たせて申し訳なかったが、来春には源次郎と祝言じゃのう。重ねてめでたい、めでたいことよ」

「ありがたいことにございます」

「なれど、源次郎がこの城におらぬで、姫は寂しかろう」


 この当時、幸村は真田忍びを引き連れて上州沼田城にいた。北条氏直が上州の利根郡や吾妻郡に攻め寄せてきていたのである。

 佐江の父である矢沢薩摩守頼綱もまた沼田城の城代として北条の軍と対峙していた。


 佐江姫が話題を転じる。

「ときに、源次郎さまは沼田に赴かれる前、佐助という忍びの者をお付けいただきました。わたくしめの陰守りとか」

「大半の者が、沼田に出払っておるでのう。用心のためじゃ」

「あの者は、先代の頃から真田家の陰守りをつとめていると聞きました」

「うむ。姫に付けた佐助は二代目よ。わっぱながら凄腕ゆえ、源次郎も安心して沼田で働いていよう」

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