第154話 海野六郎の帰郷―4

 六郎の反問に、火草が切り返した。

「しれたことを訊くでない。御身のことを案じておるのよ。われらは同じ土地に生まれ、知らぬ仲でもない。心配するのは人情であろう」

「さては、火草どの。わしに惚れておるな」

「ふふっ。バカを申されるな。そんな垢だらけの汚い顔で、よくも言えたものよ。顔を洗って出直してきなされ」

 この二人のやり取りに、周りから笑い声がはじけた。


 その笑い声が静まったとき、火草が再び同じことを問うた。

「六郎どの。真面目な話じゃ。これからいかがなされる?」

「どうもこうもせぬわ。合戦があれば、その都度、陣借りして働くまでよ。自慢ではないが、わしの弓矢の腕は高く売れるのよ」


 ここで、望月六郎が声をあげた。

「陣借りで戦さ働きするのもよいが、いかがであろう。この際、われらの仲間に加わらぬか。とりあえず食うには困らぬぞ」

「仲間に加わってどうする?」

「申すまでもないが、この信濃小県は、野望を逞しくする徳川、北条、上杉にはさまれておる。源次郎さまは、これら大国に対し、小なりとも負けぬ国、屈せぬ国づくりを目指されておる。無論、われら一同も、同じ思いよ。心をひとつにして、志を同じくして何者にも屈せぬ六文銭の旗を掲げようではないか」

「ほう。勝つのではなく、負けぬ、屈せぬか。それは面白い!なれど、わしが貴公らの仲間に加わると、再び火草どのの尻を追うやもしれぬぞ。ずっと前から火草どのに懸想けそうしておるでのう。ふふっ、それでもよいか」


 そのれ言を聞いた火草が、

「ったく、りぬ男よ。いくら言い寄っても同じこと、何度でも袖にしてやるわ」

 と、一笑にすや、周りは一気に哄笑の渦となった。

 天正十一年も暮れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る