第153話 海野六郎の帰郷―3

 六郎は、変わり果てた海野家の屋敷跡前にたたずみ、ぼそりと呟いた。

「さて、これからどうする」

 茫然と立ち尽くす六郎の脳裏に浮かんだのは、上田の北西にそびえる虚空蔵山のことであった。

 

 というのも、虚空蔵山は、もともと海野一族の城があった山で、六郎自身も幾度かの合戦の際、立て籠ったこともあるのだ。

 おそらくその城も織田軍に破却されているであろうが、当面、城跡に掘っ立て小屋を建て、雨露をしのいでさえおれば、いずれ賞金稼ぎができる合戦も起きるに相違ないと思えた。


 一陽来復の時宜じぎを得るべく、六郎は虚空蔵山に身を隠した。

 しかしながら、六郎の意に反し、この年の夏から一年ほど信濃にめぼしい戦さはなく、日々はむなしく打ち過ぎた。


 上杉の兵が、突として虚空蔵山に押し寄せてきたのは、山中の鹿、猪などの獣を獲り尽くし、飢餓の二文字が頭に浮かびはじめた頃であった。

「やった!ついに合戦がはじまるのだ。いざとなれば、この弓矢で大将首を貰い受けてやる。銭になるぞ」

 六郎はすかさず弓矢を手に、山蔭に身を潜めた。

 

 機を窺うこと数日――。

 それは、突如、はじまった。忽然こつぜんと夜のしじまを衝き、鳴り響く陣貝、陣鼓の音。鉄砲のけたたましい轟音。

 六郎が押っ取り刀で駆けつけると、上杉の手勢は幸村らの急襲に動顛どうてん、狼狽し、すでに虚空蔵山から転び落ちるように逃げ散っていた。


「まさか寡兵での夜襲とは……暗闇では、わが弓矢の腕もふるえぬ。おかげて゜大将首を獲り損なったわい」

 身振り手振り語らう六郎の話は、終わりに近づいていた。


 火草が問う。

「して六郎どの、これからいかがなされる?」

 六郎が周りを見回した。

 幸村、望月六郎、根津甚八ら従前から見知った顔もあれば、由利鎌之介、筧十蔵ら知らぬ顔もある。それらの者の視線を受け止めて、六郎が唇を歪めて狷介そうに笑った。

「火草どの。何故に、そのようなことを訊く?」


 


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