第151話 海野六郎の帰郷―1

 さて、秀吉軍は勝鬨かちどきをあげて山崎の戦場を去った。

 それから半刻も経たないうちに、その死屍累々たる戦場に、近郷の農民らが黒いカラスのように群れ集まった。死体から金目のものを身ぐるみがすためである。


 中には、みすぼらしい女子供の姿も見え隠れする。皆、貧しく日々生きることに必死なのだ。

 竹籠を背に担いだ海野六郎もそこにいた。農民らにまじって戦場で刀を拾い歩き、利刀鈍刀を問わず、とりあえず背の籠に投げ入れた。


 ――その翌日。

 例の刀見世で、路銀としては余りある大枚を得た六郎は、悦び勇んで信濃への帰途についた。

「されど、わしとしたことが……」

 つと言い澱んだ六郎に、火草が怪訝な顔を見せる。

「いかがしたというのじゃ?」


 ややあって、六郎は大きく溜息をつき、再び語り継ぎはじめた。

「美濃の落合宿を過ぎ、馬籠峠を越えたのが、京を発って五日目か、六日目の夕刻であった。やっと信濃へ還ってきた。もうすぐ小県じゃ。そう思い、ほっとした途端、情けないことに油断が生じた……」


 懐中ふところに余裕があった六郎は、塩尻の奈良井宿で飯盛女にすすめられるまま酒を飲んだ。安い濁り酒ではあるが、これが実に旨い。いささか年増ながら、女の見てくれも悪くない。床入りとなれば、白く柔らかな躰が柳のようにしなるであろう。


 盃を傾けるほどに上機嫌となった六郎は、つい度を過ごした。泥酔したあげく、女を抱きかかえ、宿の粗末な寝床に倒れ伏したのである。

 旅の疲れが一気に出たのか、六郎は翌日の日が昇るまで、昏々と深いねむりに落ちた。

 これが六郎の災難のはじまりであった。

 

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