第149話 山崎の合戦―2

 傾城屋で散財し尽くした海野六郎は、刀見世の店主に訊いた。

「ときに、わしがここに刀を持ち込んでも、引き取ってくれるか」

「へえ、それはもう。たとえば、お腰の脇差でしたら、銀十両でいかがでっしゃろ」

 禿頭の店主は、薬研藤四郎に商人特有の狡猾そうな目を走らせた。


 銀十両とは銭二貫相当であるから、現在の貨幣価値に換算すれば20万円前後といったところである。

 ――ふん。狸オヤジめ。天下の名刀に阿漕あこぎな値をつけるものよ。

 六郎は内心、鼻でわらいつつ、店主に言った。

「では、近いうちに、よき刀をいろいろ持って参る」

「左様で。またぜひお越しくだされませ。いい刀であれば、高く買い取らせていただきまする」


 翌日の6月12日、篠突しのつくく雨の都大路を明智の軍勢1万数千が南下した。

 その隊列の後を、竹籠を担いで追う男が一人。六郎である。

 ――信長の仇討ちと息巻く羽柴秀吉側は、大軍と聞く。ならば、合戦の地は、おそらくこの先の要衝、山崎と見た。わしが光秀なら迷いなくそうするであろう。


 秀吉は、本能寺の変を知るや、毛利とすぐさま和睦を結び、山陽道を怒涛の勢いで駆け戻ってきた。いわゆる「中国大返し」の軍であった。

 この大返しの最中、秀吉は畿内の諸大名らに明智討滅のげきを飛ばし、その軍勢の数は進軍するにつれて四万にふくれあがっていた。


 光秀は多勢に無勢である。

 ならば、ここから先の山崎の狭隘な地形を利用して、秀吉の大軍を迎え撃つしかないではないか。光秀軍は淀川と天王山にはさまれた山崎の隘路あいろに陣取り、狭窄きょうさく地を縦長に進軍してくる秀吉軍を順次撃破していくという戦法を取らざるを得ないのだ。


 天下分け目の天王山、山崎の戦いがはじまろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る