第143話 海野六郎との再会―2

 肩に鉄砲傷を受けた海野六郎はやむなく戦線を離脱した。


 爾後、しばらく伊那の隠れ湯に浸かり、傷を癒していた六郎の耳に、信じ難い噂が飛び込んできた。かつて無敵を誇った武田軍が、織田軍の前にもろくも総崩れになったというのである。


 ――なんと!じゃが、どうせ流言飛語の類であろう。

 六郎はのんきに聞き流したが、数日後、さらに良からぬことを耳にした。

「お気の毒に、勝頼さまは天目山でご生害とか。あわれなことよ」

 そればかりか、非情にも信長は、首実検の際、勝頼の首を足蹴にし、飯田城下にさらしたともいうのだ。


 こうなると気になるのは、母や親族らの消息である。六郎は生まれ在所の本海野へ帰還すべく里におりた。伊那から杖突街道を下り、茅野に入れば、そこには妹の婚家がある。

 思えば朝から沢水を口にしただけであった。

 味噌粥でも食わせてもらいたいと、妹の婚家を訪ねるや、

「あんら、兄さま。よくぞまあ、ご無事で」

 と、顔を合わせるなり、絶句するではないか。


 訳を訊けば、本海野の里は織田の兵により、強奪、強姦、放火、殺戮の嵐に襲われ、地獄絵図の様相を呈したという。

「して、母者らは?」

 その問いに対して、妹は号泣で応えた。

 一族ことごとく残党狩りの凶刃に遇ったという。


 これが戦国の世に落魄らくはくしつつも、細々と命脈を保ってきた清和源氏の名流、海野一族のあわれな末路であった。

 六郎は、憤怒に身をふるわせ、すぐさま復讐の意を決した。

「信長め、わが怨みの一矢、受けてみよ」

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