第142話 海野六郎との再会―1

 もしかして虚空蔵山にむ妖怪か。

 棒手裏剣を後ろ手に構えて、得体のしれぬものに近寄った火草が驚きの声をあげた。

「もしや六郎?海野六郎どのではないか!」


 物の怪じみた人影が、火草の声に振り向いた。

 伸び放題の蓬髪、髭だらけ、垢だらけの顔ながら、その傲岸不遜な顔つきは確かに六郎であった。

 

 火草が口早に畳みかける。

「わかるか。私じゃ。火草じゃ。真田屋敷で一瞥以来、何年ぶりであろうかの」

「むっ…むむっ。火草どの」

「おおっ、私がわかるか。何をしておったのじゃ」

「しれたことよ。死んだらから、銭や食い物をもろうておったわ」

「そういう意味ではなく、この数年、どうしておったのかと訊いておる」

「待て。しばし待て、火草どの。これを食ってからじゃ」


 余程に腹が空いているのか、海野六郎は幸村らの視線を歯牙にもかけず、まだ熾火おきびのくすぶる鍋から残り物の雑炊をすすり食った。

 六郎の五体から猛烈な異臭が漂う。ぼろ雑巾を煮しめたような弊衣の上に、狼か赤犬らしき獣皮の袖なし羽織をまとっている。

 どこかの市で売りさばく腹なのか、上杉の兵の槍や刀など目ぼしいものをわら縄で束ね、戦利品のごとくわが身のそばに引き寄せている。


 その後、六郎はおのれの身に起きた出来事を追い追い語りはじめた。

 ――武田家が滅亡した天正10年(1582)、六郎は武田勝頼の側近今福昌常いまふくまさつねの陣に加わり、木曽谷で織田軍を迎え撃った。

 このとき、六郎は名高い弓矢の腕を存分に発揮し、敵を散々に悩ましたが、一発の銃弾が六郎を襲った。右肩に鉄砲玉を受けたのである。これでは、弓が引けない。万事休すの事態であった。

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