第141話 幸村の初陣―2

 幸村らは夜陰にまぎれて、虚空蔵山の中腹まで進み、時を待った。

 そして、漆黒の闇がひろがる丑三つ時。突如として、虚空蔵山の山肌に法螺貝が鳴り響き、陣太鼓が打ち鳴らされた。かかり太鼓の音である。


 さらに遠く近く、猛然とわき起こる雄叫び。

「夜討ちじゃあ。真田の兵じゃあっ!」

 敵陣から不寝番の悲鳴があがった。

「敵じゃあ。敵が押し寄せたぞ!」

 虚空蔵山城のあちこちから、動揺の声が闇夜に響く。


「撃て、放てえええええーっ!」

 筧十蔵の号令一下、鉄砲が一斉に火を噴いた。轟音が夜の山肌にとどろく。


「兜をよこせ。槍はどこだ!」

「それは、わしの刀だ。わしの鎧だ!」

「バカめら。そんなことより、逃げるのじゃ!」

 上杉の兵は寝込みを襲われ、恐怖に色を失った。城中はたちまち怒号と叫喚の混乱に陥り、同士討ちをはじめる始末。あげく武器も兵糧も捨てて、算を乱して逃げ散ったのである。

 すべては幸村の狙いどおりであった。

  

 しらじらと夜が明けるのを待ち、幸村らは誰一人いなくなった虚空蔵山城に入った。霧が立ちこめるおぼろな視界の先で、誰もいないはずの城に、何やら面妖な気配がする。


 一同が眼をこらして見ると、生き物らしき黒々としたものがくるわうごめいているのだ。鬼か、物のか、それとも狐狸の類か。得体の知れぬ物が、同士討ちの死体にとりつき、何やらごそごそとあさっているのだ。


 火草が得手の棒手裏剣を構え、音もなく胡乱な影の背後から忍び寄った。

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