第140話 幸村の初陣―1

 元服式の翌日も、幸村は城普請の大工らが進める西櫓の棟上げを手伝っていた。

 そこから虚空蔵山が見える。

 額に玉の汗を浮かべて働く幸村のそばに、昌幸が近寄ってきた。


 昌幸は何か言いたげに、西の空を見上げ、虚空蔵山を指さした。

「あそこに上杉の兵がおる。目障りなことよ」

 上田城の普請の規模や進捗を探っているのだ。夜陰にまぎれて城下に押し寄せ、城下こど城を焼く放火の機会をうかがっているのやもしれぬ。


 幸村が昌幸に語りかけた。

「昨日の昼時、山上に炊煙すいえんが立ちのぼっており申した。その炊煙の数から察するに、敵兵の数は百人前後かと」

「夜ごと篝火かがりびをこれでもかと燃やしておるではないか。千人は布陣しておるようにも見えるぞ」

「大軍と見せかける偽装でございましょう。すでにわが手の者から、上杉の兵百名足らずとの報告もあり、裏は取っておりまする」

 

 昌幸が次男坊の顔をまぶしげに見て、うなずく。

「ふむ。では、いかがする」

「手前に任せていただけましょうや」

 ここで昌幸の口から不安げな言葉が漏れた。

「そなた、元服を終えたばかりの若輩。いまだ合戦の何たるかもわきまえておらぬではないか」

「そう言えば、そうでござるな」


 他人事ひとごとのように言ってのける幸村に、昌幸が苦笑した。

「晴れの初陣となれば、勝利で飾らねばならぬ。当家の兵はこの城の守りで手一杯ゆえ、矢沢の叔父御に加勢を頼むか」

「要りませぬ」

「ほう」

「それがしに、いささか存念がござる」


 半刻後、尼ヶ淵の崖上から一本の白い狼煙のろしが上がり、次に黒い狼煙が空に立ちのぼった。それは、集結の合図であった。

 ただちに、望月六郎以下、根津甚八、由利鎌之介、火草らが、二の丸虎口で待つ幸村の前に現れ、夕刻にはかつての弁丸軍団が大挙して幸村の後につづいた。

 これに、編制されたばかりの鉄砲隊二十余名がつづく。無論、率いるは筧十蔵である。

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