第137話 天下への野心―3

 幸村もまた筧十蔵と同じく、これからは鉄砲の時代だという思いを強くしていた。しかし、一部の家臣には、あんなものは雨の日に使えぬとか、弾丸込めに手間がかがりすぎるとか、渋面をつくって異を唱える者もいた。


 やがて上田城の本丸南櫓が、尼ヶ淵の水面にその全貌を映した。

 幸村は南櫓落慶祝いの行事の一環として、十蔵とともに火縄銃の演武を披露してみせた。


 場所は城の西に位置する小泉曲輪。その一画に、木の枠に糸で吊り下げた五つのびた銭を三十間の距離から狙うという趣向である。

 まず十蔵が一礼し、昌幸以下、居並ぶ重臣の前に進み出た。重臣筆頭の矢沢頼綱の姿をはじめとして、賓客として根津甚平らの顔も見える。


 使用する鉄砲は、ごく一般的な二匁半の国友筒。火縄がくすぶる鉄砲が、すでに五挺用意されている。

 十蔵は小者から国友筒を受け取った。それは雑兵が使う変哲もない銃である。

「弘法、筆を選ばず」

 不敵な笑みを見せつつ、十蔵は隻眼で的の鐚銭を狙いすました。

 

 次の瞬間、銃口が火を噴いた。十蔵は小者から手渡される銃を次々と撃ち放った。

 霧のように立ちのぼった硝煙が、西から東へと吹き流れた。煙の向こうで、五つの鐚銭はことごとく二匁半の弾丸に吹き飛ばされていた。

「おおっ」

 その場に居並ぶ重臣らの誰もが、十蔵の神技に驚嘆した。


 ややあって、幸村が皆の前に姿を現した。手には五匁の火縄銃。小者があわてて三十間先に的となる当世具足を据えた。

 幸村は莞爾にこりと頬笑み、静かに火縄のくすぶる銃を重心低く構えた。刹那、火鋏が火皿を打ち、轟音がとどろいた。

 

 小者が的の具足に向かって走り、大声で告げた。

「的中にござりまする。鎧の胸板、貫通してござる」

 これに、幸村びいきの頼綱が戦場鍛えの胴間声をあげる。

「源次郎、天晴れである!」


 昌幸はといえば、腕組みをしたまま寂として何も言葉を発さない。

 この男は心中深く思うところがある場合は、黙る癖がある。まさに、このとき、昌幸は鉄砲隊編制の重要性をまざまざと痛感したのであった。

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