第134話 打ち出の小槌―1

 鉄砲隊編制の費用は2年でなんとかなろう。

 そう幸村から聞いて、筧十蔵は言葉を返した。


「若。真田家には現下、銭がなく、この上田城の普請費用とて徳川からによるものと伺っておりますぞ。なのに2年とは……真田家は打ち出の小槌を手に入れてござるか」

「いやいや、そのようなものは生憎、持ち合わせておりませぬが」

 幸村が片頬笑んで、手を左右にふる。

「はて。では、いかに?」


 解せぬ表情の十蔵に、幸村はもの静かに語りはじめた。

「目下、当家の財政は、年貢と街道の関銭(通行税)でまかなわれているのは、すでにご存じのとおりでござる」

 これに十蔵がうなずく。

「しかしながら、これでは家臣を養うので手一杯。ゆえに、税収を増やし、力を蓄えることが肝要。さもないと、この戦乱の世に生き残れませぬ」

「なるほど」


 幸村の話はつづく。

 それによると、昌幸は上田城の普請と並行し、三の丸の前に城下町をつくり、商工業を興すべく区割りを進めているという。これは、城下の町家に課す棟別銭むなべつせん地子銭じしせんなどの税収を得るためであった。


 ここで十蔵が口をはさんだ。

「この東信濃の地は、強豪に囲まれておりまする。それに対抗するためには、確かに力が必要。なれど、大殿は切れ者ゆえ、国力の充実はもとより、もしやその先の先を考えておられるのではありますまいか」

「はて、その先の先とは?」

「天下に対する野心でござる」


 幸村が珍しく声を立てて笑った。

「親父殿どのは、東信濃の辺土を領する田舎大名に過ぎませぬ。いわば井の中の蛙。その蛙が天下に対する野心を抱えておるといわれるか」

「然り。井の中から、無辺に広がる天空を仰ぎ見、天下に対する鬱勃たる野心を蔵されておる……身共は片目しかござらぬが、この目にはそのように映りまする」

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