第133話 筧十蔵の嘆息―2

「なれど……とは?」

 幸村が、口ごもった筧十蔵に先をうながした。

「実は、大殿にも先だって言上し申したが、身共は一刻も早く真田鉄砲隊の編制が必要と考えており申す。先の長篠の合戦にて、武田軍は織田の足軽鉄砲隊にあえなく敗れ、それが武田家の滅亡につながり申した。鉄砲はこれからの合戦の勝敗を決定づける武器。もはや弓や槍の時代ではありませぬ。とはいえ、鉄砲を揃えるには、莫大な金子きんすが……」

 そう言って、十蔵は再び嘆息した。


 ここで、当時の鉄砲の値段について言及しておこう。

 米国人ノエル・ペリン著『鉄砲を捨てた日本人』の訳書によると、「時尭ときたかは鉄砲一挺に金一千両を投じた。その額が今日にしてどの位のものか、正確な換算はむつかしい。だが、その70年後には立派な鉄砲一挺が二両で買えるようになった」

 時尭とは、天文12年(1543)、鉄砲を日本史に登場させた種子島時尭をさす。


 それでは、一両とは現代の貨幣価値に換算していかほどのものになるのか。


 この戦国時代、通貨体系を整備した織田信長は、一両を銭十五貫と定めたといわれている。一貫は前にもふれたとおり、およそ10万円であるから、鉄砲伝来時、時尭は一挺に1億5千万円を支払った計算になる。

 ところが、鉄砲が普及した70年後の慶長年間には一挺30万円まで下落したということになるのだ。


 しかしながら、鉄砲隊を編制するには、まとまった挺数の銃を必要とする。一挺30万円といっても、200挺揃えれば6千万円となる。これに加えて、消耗品の火薬や鉄砲玉の費用も合戦の都度かかるから、予算は巨額なものに膨れ上がるのは言うまでもない。


 筧十蔵の嘆息は、こうした予算を考えてのことであった。金のない真田家がどこからこの金額を捻出できようか、ということを考えると、むつかしい顔にならざるを得ないのだ。


 それまで十蔵の話に耳を傾けていた幸村が頬笑んで言った。

金子きんすのことなら、二年ほどで何とかなりましょう」

 十蔵が隻眼を見ひらいた。

「なんと。今後二年で都合がつくと申されるか」

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