第132話 筧十蔵の嘆息―1

 季節は移ろい、信濃の野に吹き渡る風が、すすきの穂を揺らしていた。雁渡しの風である。


 天正11年(1583)の秋、上田城は本丸、二の丸がその全貌を現しはじめていた。尼ヶ淵の崖上に南櫓が建てられ、次いで東虎口の石垣が完成し、西櫓、北櫓などの棟上げの日を迎えようとしていた。


 本丸の東西と北面には、広い堀がめぐらされている。幸村らが大勢の人夫らとともに掘った15間幅の水堀だ。


 その日の作事さくじを終えた頃、穏やかな夕暮れが訪れた。夕陽が西の空を茜色に染めている。

 15間幅の水堀に架けられた橋の上に、幸村がいた。何か考え事をしているのか、欄干にもたれ、沈む夕陽を一人見上げている。


 そこに、鉄砲師範の筧十蔵が通りかかった。十蔵は、櫓門などが建ち上がるにつれて、鉄砲狭間ざまや矢狭間づくりの差配に当たっていた。

 幸村と十蔵の目が合い、両者が目礼した。十蔵の目に疲労の色がうかがえる。

「お役目、ご苦労にござる」 

 幸村の労りの言葉に、十蔵が破顔する。

「若。何やらご思案の様子。かようなところで何をお考えか」

 幸村が本丸の北櫓を指さした。

「あそこから敵を撃つには、いかがすればよいかと……普通の細筒では……」

 十蔵がうなずく。

「左様。70間ほどもありますれば、二匁筒ではちと難しいかもしれませぬ。なれど、十匁筒であれば敵を射殺せましょう」

「ふむ」


 細筒と呼ばれる二匁筒は、標準的な口径の火縄銃である。これは50間程度の距離なら足軽の鎧程度だと軽々と打ち抜くが、それ以上の距離が離れると殺傷威力は次第に低下する。

 これに対し、口径の大きい十匁筒は侍筒とも呼ばれ、威力は格段に優れるが、発射時の反動が大きく、かなり扱いづらい側面があった。


 ここで十蔵が茜色の空を仰ぎ、嘆息ぎみに言葉を漏らした。

「いずれにせよ、鉄砲隊の編制は急務と申せましょう。なれど……」

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