第129話 上田城築城―3

 幸村らが味噌雑炊を啜り終えたとき、法螺ほら貝の音が響いてきた。三味線や太鼓の音色も聴こえてきた。 

 と――。

 それまでの鈍色の冬空に、薄日が射しはじめたかと思うや、たちまち一天にわかに晴れ渡ったのである。春の光のような時ならぬ陽射しに、誰もがまぶしげに目を細めたときであった。


「おおっ、あれは!」

 と、人夫らが城の前を走る往還を指さし、驚きの声を上げた。

 何事かと、幸村らもそちらへ目を向けた。

 すると、なんとしたことか。

 城のあるこちらの方角に向けて、大きな岩がさんたる光を浴びて、陽炎のごとく揺らめき迫ってくるではないか。


 それは、うりの形をした巨大な岩であった。

 牛六頭曳きの長大な荷車に載せられて、巨石が城の大手門へとゆらゆらと近づいてくる。


「アッ、エッサー」

「アッ、エッサッサー」

 長大な荷車の周りには、引き手の人夫らが取りつき、にぎやかに掛け声を発している。

「アッ、エッサー」

「アッ、エッサッサー」


 巨石の上には床板が張られ、その上には美々しい若武者の姿があった。緋縅しの鎧の上に白い陣羽織を着込み、背中には金糸で刺繡された六文銭。日の丸の扇を手に、巨石の上で若武者が躍動する。


 若武者は巨石の上で舞うがごとく引き石の音頭を取っているのだ。

 天空に、一羽の白い鷹が弧を描いて舞っている。若武者の舞いに合わせて、くるくると舞い飛んでいるのだ。


 美しい若武者は佐江姫であった。

 

 しかも、千頭の引き牛2頭の背には赤い布団が敷かれ、その上にそれぞれ人がまたがっていた。

 一人はおかめの面を頭にのせた昌幸である。隠居老爺ろうやを気取って、錦の頭巾に紫の袖無しちゃんちゃこを羽織り、眉毛や顎鬚などを絹綿で白く覆っている。

 そして、もう一人は、大天狗に扮した矢沢薩摩守頼綱であった。紅を塗った顔に長大な赤鼻をそびやかせ、頭上にはきらびやかな長柄ながえの南蛮傘をさしかけさせて、得意満面の面持ちであった。


「皆の者、城づくりを楽しめ。楽しむのじゃ!」

 昌幸と頼綱が、同時に叫んで竹ざるの永楽銭をつかみ、空中にばらまいた。

 地に落ちた銭を、わっと雑兵、人足らが奪い合うように必死の形相で拾い集めた。皆が皆、奇声を発して死に物狂いで銭を拾う。

 その背に、さらに銭がばらまかれた。


 



 

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