第128話 上田城築城―2

 五平が南の方角を指さした。仲間の男たちは、その方向に目を遣った。そこには千曲川分流の尼ヶ淵の澱みが見えた。


「おう、あれは尼ヶ淵じゃが、それがどうしたというか」

 五平がまたもや「エヘヘッ」と笑い、言った。


「あの尼ヶ淵沿いに、ほれっ、掛け小屋が並んでいよう。あそこに、いい女子がおってのう。酒を口うつしで飲ませてくれて、そのあと、エヘヘッ、極楽気分にしてくれるのよ。今宵もやらいでか」

「やめとけって。悪い病気をうつされて鼻がもげるぞ」


 上田城の築城がはじまるや、尼ヶ淵沿いには、春をひさぐ比丘尼びくにたちの粗末な掛け小屋が立ち並び、昼日中から至るところであえぎ声が漏れ聞こえる有様となっていた。そうした繁盛ぶりに、近在の遊びらが目をつけぬはずがない。

 人足らのふところ目当てに、中山道や北国脇往還の宿場町、温泉宿などから、飯盛り女、湯女らが続々と流れ込み、不夜城の趣きを見せていた。


 それにつれて、城の周りの辻々も次第に賑わいを見せはじめた。どこの戦場から拾い集めてきたのか、道端にむしろを敷いて古具足や馬具を商う者、錆び槍やなまくら刀を扱う者、さらに古着屋、桶師、研ぎ師などのさまざまの露店が並ぶ。

 蕎麦や餅の屋台なども見られた。


 雑兵や人足らにつづいて、幸村らも掘割から上がってきた。

 すかさず火草が味噌雑炊をすすめる。

「さ、源次郎さまも召し上がりませ。六郎さま、鎌之助さまらも椀を取りなされ」

 その声が楽しげにはずんでいる。火草は、この煮炊きの現場を三十数名の女子衆とともに切り盛りしていた。


 幸村は大鍋からもうもうと湯気が立ち昇る、その煮炊き現場を見まわした。いつもなら、火草とともに陣頭指揮をとっているはずの佐江姫の姿がないのだ。

 筧十蔵もそれに気づき、火草に問うた。

「火草どの。今日は佐江姫さまのお姿がないようだが……」


 十蔵の問いに、火草が笑って応えた。

「佐江さまはもうすぐ参られましょう。が、驚き召さるな」

 その眼眸まなざしが何やら意味ありげに見える。

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