第127話 上田城築城―1

 冬ざれの上田台地に槌音つちおとが響き、人足どもの喚呼、叫声、怒号が飛び交っている。

 いよいよ築城がはじまったのだ。


 掘割の一帯に、千人近い裸形らぎょうの男たちが黒々と群れ動く。すきを入れる者、くわをふるう者、もっこを担ぐ者など、地面をうがつおびただしい人夫や雑兵らの中に、幸村の姿があった。


 幸村と双子の兄弟・望月六郎をはじめ、矢沢三十郎頼康、筧十蔵、根津甚平の一子・根津甚八、さらに武田家が滅んだ後、幸村配下となった由利鎌之助らの姿も見える。皆、全身が汗と埃にまみれている。


 ――どん、どん、どん!!

 昼時となり、鈍色の空に太鼓の音が響き渡った。

 掘割の上から女の呼び声がする。

「皆様方、飯でござる。大殿さまのふるまい飯でござる。くござれや、ござれ。はよござれ」

 そのよく通る声は、女忍火草ひぐさのものだ。歌うように澄んだ声が、耳に心地よい。

 

 火草の声に引き寄せられ、汗まみれ、泥まみれの男らが掘割から続々と這い上がってきた。寒空のもと、いくつもの大鍋から湯気がもうもうと立ちのぼり、得も言われぬいい匂いを辺りにまき散らしている。しし肉が入った味噌雑炊である。 


「これは旨い。旨いのう」

「ああ、オラのかかの飯より、なんぼか旨いわ。たまらんのう」

「こりゃ、何杯でも食べられるぞな。ワハハハッ」

 などと軽口を叩きながら、椀に盛られた雑炊にむさい男たちが、がつがつと食らいつく。


 近在の村から、城普請にかり出されたのであろう。一様にわらで髪を結び、継ぎはぎだらけのボロを着込んでいる。

「真田の殿さまは、気前がよい。日当二百文(約二万円)というおれを聞いたときは、わが耳を疑ったが、ほんまにくれたわい。うれしいのう」

「五平どん、頂戴した銭で、どうするつもりかの?」

 思わぬ銭が入って、浮かれぎみの五平が「エヘヘッ」と笑って、淫らなことを口にした。

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