第126話 狐狸の腹中―4

 昌幸は家康から上田城築城の許しが出たことに「しめしめ」と北叟ほくそ笑んだ。

 ふと庭先を見れば、幸村が馬の背をかけいの水で洗っている。どうやら馬責め(調教)から帰ってきたばかりの様子である。


 昌幸はせかせかとした足取りで幸村のもとに近づき、家康からの書状を見せた。

 書状を披見する幸村に、昌幸が口早に言う。

「普請費用としてあてがうというのが、三千三百貫じゃ。五千貫欲しいと言うたに、やはりしわいことよ。なれど、この金嵩かねがさ(金額)でぎりぎり何とかなろう。まあ、家康にしては奮発したというところかの」


 当時の一貫文は、現在の貨幣価値に換算して、一般的に10万円前後といわれる。よって、三千三百貫は三億三千万円前後という計算になる。この時代は、人件費や資材費が信じがたいほどに安かったことからして、使い出はかなりあったのではないかと思われる。


 内心待ちに待った朗報がもたらされたのだ。

 皮肉な口調とは裏腹に、うれしげな面持ちの昌幸をチラッと見て、幸村もまた顔をほころばせた。

「ともあれ、よろしゅうございました。その三千三百貫という半端な数字に、下手な城ではまずいが、いい城をつくられては、もっと困るという家康どのの腹のうちが透けて見えまする」


 この言葉を聞き、昌幸は内心驚いた。

 それは、昌幸が考えていた通りの言葉であったのだ。

 伊勢山の居館でともに暮らしてみて、昌幸はこの寡黙な次男坊と妙に馬が合うことに気がついていた。

 何から何まで考えていることが同じなのだ。


 昌幸が幸村の言葉に応じた。

「わしの力を借りたいが、警戒の手もゆるめぬということよの。狸をだますのは、骨が折れることよ」

「左様な様子にも見えませぬが……」

 この返しに、昌幸が手をって笑った。

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