第125話 狐狸の腹中―3

 家康は龍でも虎でもない。万事に疑い深く、用心深く餌を探す狸である。

 後年、秀吉の死後、豊臣家から天下を簒奪さんだつするために、じりじりと、娘婿の秀頼をいびり殺すように滅亡させた。難攻不落の大坂城をさわやかさの欠片かけらもない陰湿・陰険な方法で攻め落とした。


 こうした家康に対抗するために、昌幸は狡猾な狐になるしかないが、その昌幸の真意を家康も当然ながら疑っていた。

 矢沢頼綱と真田源三郎信幸の二人が、浜松城を後にしたとき、家康は謀臣・本多正信にこう語りかけた。

「さて真田安房守は、上田城を徳川の城として普請したいと言うておるが、誠であろうかのう。その城がいつ上杉の城になるか、しれたものでないわ」


 これに本多正信が上目遣いで応じる。

「しかしながら、真田のこれまでの働きにより、われら徳川は信濃の地を労せずして得たのも事実。その功に報いることも必要かと存じまする」

「ふむ」

 家康は腕組みをした。おそらく十分に得心がいかぬのであろう。


 主君のその様子を見て、正信が言う。

「では、安房守どのの申されることが誠か嘘か、もう少し時間をかけて見定めるといたしましょうか」

 かくして、家康からの返答は延び延びになっていた。

 

 狐の昌幸は、狸の家康に負けるわけにはいかない。

 昌幸は家康をだますために数回、遠江に偽報を流したが、それでもだましきれぬと分かると、今度は偽書をつくった。

 そこには、「来春、上杉軍は雪融けとともに信濃に進攻し、徳川軍を駆逐する。よって、信濃の国衆(城持ちの国人武将)は、われらのもとに馳せ参じるべし」と、したためられ、景勝の署名と花押かおうが墨痕鮮やかに入っていた。


 この偽書を徳川家と誼を通じている信濃の諸豪にわたるよう、草の者を使って細工をしたのである。

 こうした偽の諜報活動が功を奏したのか、開けて天正11年の正月、家康からの書状がようやく届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る