第123話 狐狸の腹中―1

 昌幸は、家康からの正式な築城許可を待つことなく、上田城築城の準備に取りかかった。返答を待っていれば、海津城を根城とする上杉軍が、明日にも信濃に進攻してくるか知れたものではないのだ。


 幸村は昌幸に訊いた。

「万一、築城途中に上杉景勝どのが総がかりで攻めてきたら、真田など鎧袖一触と相なりましょう。その場合、いかがされますか」

 これを聞いた昌幸が笑う。

「なあに、そのときは景勝どのに頭を下げて、許しを乞い、降伏すればよい」

「ほう。許してくれましょうや?」

「必ず許す。東信濃の盟主たる真田には、利用価値がある。それゆえ許してくれるに相違ない。その後、この上田城を徳川に対抗するため、上杉の城として完成させていただきたいと申し込むのじゃ」

「それでは、表裏比興の者として、さらに悪名を高めましょうぞ」

「ふん、構わぬものか。きれいごとでは生き残れぬわ」


 昌幸は城づくりのために、幸村だけでなく手の空いている一族郎党に召集をかけた。その昌幸の命に従って、多くの家臣たちが砥石・伊勢山に続々と参集し、砥石城の大手口ともいうべ伊勢山の集落は、城下町のにぎわいを呈した。


 城の縄張りの要諦は、曲輪の配置にある。次に堀や土塁、石垣などを堅固にめぐらし、いかにして攻めるに難く、防ぐにやすい防御の設備を構築していくかが肝要となる。


 昌幸は、伊勢山の居館で、上田台地に築く城の縄張りを考えつづけた。

 その城づくりの発想は、いささか風変りというしかない。あえて城の弱点を目立たせ、その弱点を中心にした縄張りを考えているのである。


 つまり、城の一点に防備を脆弱にした箇所を設け、そこに敵の大軍をおびき寄せる。それは大軍を保有する上杉、徳川などを仮想敵とした独特の罠であり、蟻地獄の仕掛けであった。

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