第122話 昌幸の策略―4

 矢沢頼綱の話を聞き、昌幸は顔をしかめた。城普請の費用を家康にせがみに行ったにしては、あまりに傍若無人な物言いではないか。こんな無礼な談判のやり方では、家康が応じるはずもない。


 昌幸の顔が不興げに歪んだ。

「やはり、危惧したとおり、叔父御の悪いところが出て、さいは裏目となったか。あーあ、失敗したわい」

 そう心の中でつぶやいたとき、頼綱の隣で神妙に畏まっていた源三郎信幸がはじめて口を開いた。

「御父上、ともあれ三河守どのは、上田に城を築くことに同意の旨、仰せられてござる。本多どのも、城普請の費用は十分に吟味の上、追って沙汰を申し上げると仰せくださりましたぞ」

「ハァッ?それはまことか。なぜ、それを早く言わぬ。わしは、もうダメかと……」


 昌幸のキョトンとした顔を見て、矢沢頼綱が大笑した。

「グワッハッハ!バカを申せ。このわしがドジを踏むと思うか。家康など丸め込むのは造作もないこと。いずれ背に銭箱をくくりつけた駄馬が到着するであろう。楽しみにすることよ。グワッハッハ!」

 昌幸は隣に控える幸村と思わず顔を見合わせ、苦笑した。


 この2カ月後、幸村は真田屋敷から砥石・伊勢山の館に移った。

 真田氏の本城は、東太郎山の山上に築かれた砥石城であるが、この東太郎山の麓には、平時の拠点として伊勢山の居館が設けられていた。合戦になれば、詰めの城である砥石城に籠って戦うという寸法だ。


 幸村が伊勢山の居館に移ってきたのには理由がある。

 上田に城を築く準備であった。

 矢沢頼綱の報告を受けて、気の早い昌幸は幸村に申し渡した。

「源次郎、城づくりにはいくら人手があってても足りぬ。おまえには、堀普請を任せる。大いに働くがよい」

 そのためには、真田の里より、上田にほど近い砥石・伊勢山に住むほうがよかろう、と言うのである。道理であった。


 




 


 

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