第119話 昌幸の策略―1

 半月後、真田源三郎信幸と矢沢薩摩守頼綱が遠江から帰ってきた。

 二人は真田屋敷で昌幸に首尾を報告した。


 と言っても、話すのは頼綱一人である。頼綱がつばを飛ばしている間は、いかなる者も口をはさめるものではない。信幸もそばで神妙にかしこまっている。


 真田家当主の昌幸とて、この頼綱には小さな頃から頭が上がらない。なにしろ、父幸隆ゆきたかの弟として、真田家を命を張って支えてきたのである。しかも、戦場では阿修羅のごとく戦い、いまだ負け知らず。頼綱が合戦の陣頭指揮をとれば不敗であり、しかも矢玉が飛び交う戦場を幾度馳駆ちくしてもなぜか無傷で、呵々大笑しながら帰還してくるのだ。


 その鬼人のごとき頼綱の大言壮語が広間に響く。


「やはり家康など取るに足らぬ二流の人物よ。右府公(信長)が死んだおかげで、領土を拡げられただけの男よ。その証拠に、太閤殿下(秀吉)の圧力に屈し、本拠を本貫地の岡崎城から浜松城に移したではないか。要するに太閤殿下の大坂から少しでも遠いところに本拠を置くことで、身の安全を図っておるのよ。ふん、情けないことよ」


「しかも、武功のあった旗本衆にも加増をケチる有り様。ドケチという噂通りである。長生きをすることが最大の楽しみらしく、薬も薬研やげんでみずから調製し、夜は回春のため、孫のような若い女子おなごねやに呼び寄せて抱いて寝るとか。若い女子は体温が高く、同衾すると体の冷えがおさまり、体調もよくなるらしい。されど、あのような腹の突き出たデブ狸に抱きつかれる女子はたまらぬぞ。内心ではヒヒジジイと思うておるに相違ない」


 こんな毒舌ともいうべき人物評が延々と続くのである。頼綱はすでに何を報告しに来たのかも忘れているようだ。

 さしもの昌幸もコホンと咳払いし、

「ご高説、ありがたく拝聴つかまつった。いつもながら、核心をつく人物評、また面白き土産話に感服するばかりにござる。して、遠江での首尾のほどは、いかがでござろう。徳川どのは、上田城の普請費用を出されると……?」

「おおっ、そのことか。お主、何故にそれを早く訊かぬか。グワッハハッ!」

 頼綱の傍若無人の高笑いが広間に充満した。

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