第117話 家康への虚言―3

「上田の地に城をつくりとうても銭はない。さて、そなたなら、いかがする」

 と、父の昌幸に問われ、幸村は半眼になって腕組みをした。

 さらに、黙したままじっと盤上を見つめ、ややあって口を開いた。


「仰せのとおり、銭がなくては、城づくりなど無理と存じまする」

 それを聞き、昌幸は失望の声を漏らした。

「ふむ。そなたもそう思うのか」

「なれど、道はあろうかと……」

 幸村はゆっくりと盤上に石を置いた。


 信長が本能寺で横死した直後、関東管領の滝川一益は北条氏直の大軍に惨敗を喫し、本拠地の伊勢に逃げ帰った。

 政治的・軍事的に空白となった甲斐・信濃・上州はめまぐるしく情勢が変化したが、結局、北条と徳川は和睦し、甲斐・信濃は家康に、上州上野は北条の切り取り次第となった。


 それとともに、真田昌幸は昨日は上杉、今日は北条と次々に鞍替えし、現在は徳川配下として動いていた。ために、東信濃の諸豪を徳川方に引き込むべく働きかけ、十分な成果を得るとともに、上杉や北条の進攻に対しての防塁ともなっている。


 幸村は盤上の石の配置を確認し、昌幸の次の一手を待った。

 待ちながら、ポツリと言った。

「此度の件で、徳川も真田の力を認めたことと存じまする。真田はいわば徳川の城砦。特に上杉に対する守りとして重宝な存在ゆえに、それを名目として徳川家に相談を持ち掛けてみてはいかがでしょう」

「ほう。どのような相談を持ちかけるのじゃ」

 幸村が盤上から顔を上げ、にやりと笑った。

「上田の地に城を築く銭がほしいと、ぬけぬけと言ってみるのも一興かと」


 昌幸が、わが意を得たりと膝を叩いた。

「そうか。上田城は徳川のために築くものでござる。よって普請の費用を用立ててほしいというのか。して、その芝居を打つ役者は誰にする?」

「ふふっ。それにつきましては、いい役者が……」

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