第116話 家康への虚言―2

 碁盤を囲みながら、昌幸・幸村の会話はつづく。


「源次郎。では、そなたなら、どこに布石を打つ?」

「そのようなことは、おこがましくて申せませぬ」

「構わぬ。申せ」

 幸村が盤上を見つめて、碁笥の那智黒をまさぐった。


「では、申しまする。上州の吾妻から川中島へと続く要衝の地は、どこかということに尽きるのではありますまいか」

 昌幸が目をみはった。

「上田か。それはわしも考えたが、そなたもそう思うか」

「はい。上田の尼ヶ淵の崖上。あそこなら適地と申せましょう」


 これに昌幸がしかめっ面をした。

「そなた。わしの考えていることを何もかも申すでない。それに、あまり才智をひけらかすと、向後こうごの出世のさわりになろうぞ。気をつけることよ」

「はっ。申し訳ございませぬ」

「うむ。やはり布石を打つなら上田の地か。しかしのう、困ったことに銭がない。銭がないことには、城は築けぬ」

「ほう、それで、ここ最近、思い悩んでおられましたか」


 昌幸は天目山で自刃した旧主勝頼に新府城の普請を命じられて以来、とかく物入りとなり、今や先立つものがオケラ状態となっていた。そのため、上田に城を築きたくても、何もできないというジレンマに陥っていたのだ。


「金集めのよき思案はないものか。源次郎、そなたならいかがする?」

 昌幸からそう問われて、幸村は碁盤から目を上げた。すると、昌幸が幸村の双眸をじっと見つめている。その父の顔には、いたずらを仕掛けたような笑みも浮かんでいた。


「――これは、試されておる」

 幸村は瞬時に悟り、黒の碁石を手にしたまま、ゆっくりと腕を組んだ。

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