第115話 家康への虚言―1

 信長の死後、上杉景勝は北信濃に兵を進め、川中島の海津かいづ城(長野市松代町)を領有した。

 この海津城は、およそ20年前、武田信玄が千曲川河畔に築いた城である。


 景勝はこの城を根城に、さらなる信濃進攻を企てていた。もし、景勝が相模の北条と手を結べば、真田家の領地である上州の沼田や吾妻などの地は、たちまち蹂躙じゅうりんされるであろう。


 昌幸は、これらの問題にいかに対処するか、奥書院で考えあぐねていた。

 考えあぐねた結果、昌幸は唇を歪めて自嘲した。

「アホの考え、やすむに似たり」

 直後、大声で呼ばわった。

「たれかある」


 すると廊下に幸村の姿が現れ、片膝をついた。

「なにかご用でございましょうか」

「おおっ、源次郎。丁度よいところに来たものよ。碁につきあえ」

「かしこまりました」


 幸村が昌幸から囲碁の手ほどを受けはじめて半年ほどになる。囲碁は、昌幸の唯一の趣味である。

 久しぶりに碁盤を親子で囲みながら、昌幸がぼそっとした低声こごえで幸村に語りかけた。

「源次郎。上杉や北条が真田の地を狙っておる。さて、いかがしたものか」

「おやっ。珍しく迷われておるご様子。なれど、本当はどうすべきか、わかっておられるのではありますまいか」

「ふん。わしの腹を読もうとするとは、なかなかにさといことよ」

 先手の幸村が那智黒なちぐろを置きながら、昌幸の顔をちらっと見て言った。

「いずれにせよ、布石は打っておかねばなりませぬ」

「ほう。布石とは城のことか。新しい城を築いて、相手の進攻を阻むと申すか」

「左様。さて、どこに布石を打つべきか。それも、おそらく既に腹案がおありなのでは……?」

「そなた。何もかも察しておると申すか」

 昌幸が呵々かかと愉しげに笑いながら、盤上に白の碁石をパチリと置いた。







  


 

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