第110話 乾坤一擲―1

 さて、勝頼の滅亡後に話は移る。


 織田信長は、戦国一の強兵を擁していた武田家に相当のトラウマを抱いていたのか、勝頼の死後、徹底的に武田狩りを行った。


 それは傍目はためから見ても異常なほどであった。

 信長にいち早く臣従した穴山信君(梅雪)を除く武田親族衆、譜代家臣の一族一門、親類縁者は女子供といえども、見つけ次第、捕え次第、情け容赦なく処刑され、それらの者の血筋までもが根絶やしにされた。


 勝頼を土壇場で裏切った小山田信茂にも、織田信長の嫡男信忠のぶただより鉄槌が下された。

「そのほう、武田二十四将の一人に数えられながら、主家を裏切り、主君をおとしめるとは、言語道断。不忠のきわみなり。よって断罪と処す」

 信茂は嫡男、老母、妻、娘らとともに首を刎ねられた。小山田家の血筋も絶たれたのである。


 武田家臣であった真田家の命運もまた風前の灯となった。

 もはや武田家の中で生き残っているのは、真田家のみであった。どう足掻いても死が待つだけの状況下にあって、昌幸は頭を必至に回転させていた。


 18世紀のドイツ詩人で、思想家のシラーは、後世に名言を残した。

「勇者は一人ある時、最も強し」


 昌幸は心の中でつぶやいた。

「――断じて生き残ってやる」

 昌幸の胸には一つの勝算というか、一縷の望みのようなものがあった。

 いかに冷酷非情な信長とて、今後の役に立つような人間を殺すようなことはすまい。まして甲斐、信濃を治めるなら、武田家にゆかりのある者が一人くらい残っていなければ、まずいと考えるのが道理というものではないか、と。


 一匹狼となった昌幸は、果敢に行動した。

 大胆不敵にも、信長の本陣へと乗り込んだのである。

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