第108話 由利鎌之助―1

 片手千人切りの土屋惣蔵昌恒には、知られざる弟がいる。

 それが由利鎌之助である。


 由利氏は平安後期、源義家の家臣として武功をあげ、由利本庄に領地を賜ったことにより、この姓がある。以来、時代が下り、室町戦国期に入った頃、その分家が、由利氏のそもそもの発祥の地である信濃に帰り、武田家に仕えた。

 鎌之助は、庶子として生まれた関係上、幼少の頃、この武田家臣の由利家に養子に入ったと伝わる。


 新府城を出立した3月3日、勝頼は七百人余の兵卒を引き連れていたが、逃亡する者多く、最後まで付き従った家臣はわずか40名程度。その中に、土屋昌恒と由利鎌之介兄弟の姿があった。


 小童わっぱの頃から、鎌之助は、年齢の離れた惣蔵昌恒を慕い、兄の凛々しい武者ぶりに憧れていた。

 しかし、この天目山の戦いが兄弟の永久とわの別れとなった。


 尾羽おは打ち枯らしたかのごとき惨めな行軍の途次、惣蔵は弟鎌之助の袖を引き、行列からわざと離れた。

「兄者とともに、わしも死ぬ」

 と言い張り、そばを離れぬ弟に、惣蔵は困り果てていた。


「よいか、鎌之助。そなたは、いまだ元服もしておらぬ年若の身。ここで死なすわけにはいかぬ。生きて、わしの分まで親孝行せよ。去ね、去ぬのじゃ。よいな!」

 と、さとしたのである。


 が、生来せいらい強情な鎌之助は、がんとしてかぬ気を見せ、きながら兄にばくした。

「いやじゃ。断じて断る。逃げて卑怯者とさげすまれとうない」

「そなた、死ぬぞ。まだ15ではないか。さっきも言うたが、まだ元服もしておらぬそなたを死なすわけにはいかぬ」

「いやじゃ。兄者とともに戦い、敵と刺し違えて死ぬ。兄者とともに死ぬ。どこまでも一緒じゃ。ずっと一緒じゃ!」

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