第103話 月光の額傷―1

 飛雪丸の鳴き声に、幸村は蛭巻鞘ひるまきざやの小太刀に手を当て、鯉口を切った。

 佐江が懐剣を抜くや、火草がうしろ腰に差した棒手裏剣を手に取り、油断なく身構えた。


 再び、飛雪丸の鳴き声が空から響いた。

 刹那、右手の叢林そうりんから二つの影が、白刃をきらめかせて躍り出てきた。

 幸村は咄嗟に、佐江をおのれの背後に引き寄せた。


 寸後、幸村の頭上に賊の野太刀がビュンという刃風を唸らせて襲ってきた。それを幸村が小太刀で戛然かつぜんと受け止めるや、次の瞬間、賊はぐえっと苦悶のうめきを漏らし、弾かれるように太郎山の崖下に落下する音を残し、姿を消した。


 幸村は相手の刃を鍔元で受け止めると同時に、そのままススッと相手のふところに飛び込み、小太刀の切っ先で相手の喉頸のどくびを突き刺したのである。すべて一瞬の出来事であった。


 このとき、火草はもう一人の賊と対峙していた。得手の棒手裏剣を右手にひらめかせ、賊の刃をかわしながら、相手の隙をうかがっている。

 幸村が小太刀を携えて、火草の脇に駆け寄ると、賊は一瞬ひるんだ。その隙を狙って、火草の右手から電光石火、放たれた棒手裏剣が曲者の胸を貫いた。


 太郎山の山上に静寂が戻った。


 見れば、幸村の眉間から血が滴り落ちている。あわてて駆け寄った佐江が、小袖の袂をビリリと引き破り、それを幸村の額に巻き締めて手当を施した。

 一陣の風が舞い、樹々の梢をざわつかせた。

 いつしか天空には、暗雲が低く垂れこめ、すでに死骸となった賊の双眸に昏い空が虚しく映っている。


 空から舞い降りた飛雪丸を肩に、佐江が幸村に語りかけた。

「何者にござりましょう?」


 



 


 


 

 

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