第98話 風雲急なり―5

 木曾義昌が謀叛となれば、一大事である。

 真田昌幸は、歩き巫女お六からのただならぬ報告に眉間のしわを深くした。


 木曾氏は、源義仲の嫡流として、木曽谷の地を代々領有する信濃の名族である。しかも、第19代にあたる現在の当主の義昌は、武田信玄の娘たる真理姫を正室としており、武田勝頼の義弟にあたる。


 昌幸はお六に問うた。

「して、謀叛の兆しは確かであるか」

「わが配下の巫女、とりわけねやの術をきわめた女子おなごを木曽谷の城に送り込み、探らせまいた」

「ふむ、なるほど」


 この義昌は、女色を好んだ。

 居城の木曽福島城では、側室や侍女、遊女、歩き巫女ら多数の美女を酒宴にはべらせ、夜な夜な酒食に耽溺していた。


 とりわけ羽二重はぶたえ肌の女には、はだの透けて見える絽の単衣帷子かたびらを着せて愉しみ、おのれの閨房けいぼうで夜ごと痴戯に耽る始末。


 その城内で、時折、虚無僧の姿が見受けられた。

「何故、かようなところに虚無僧が……」

 お六配下の巫女がいぶかしく思い、ある夜、酩酊した義昌の側室に、それとなく虚無僧の素性を訊ねてみた。


 すると、その尻軽そうな餅肌の側室は、にんまりと口元に淫靡な笑みを浮かべて言った。

「あの虚無僧どのに功徳くどくを施されますのか」

 完全に誤解しているが、ここは話を合わすしかない。

「そう、一夜の契りを交わし、極楽へと誘って進ぜようと思いまする」

「うふふっ」

「して、あの虚無僧どのは、どなたさまでござりましょう」

「あ、あれは、ふふっ、あのお方は、苗木なえぎの遠山さまでごじゃる。うふふっ」

 

 苗木の遠山といえば、まぎれもなく織田方の武将、遠山友忠ともただである。友忠は、苗木城(岐阜県中津川市)の城主で、織田軍が甲斐侵攻の際、要衝の地に位置する。

 日を経ずして、三河の地に放っていた草の者から密書が届いた。

 勝頼に新府城の築城をすすめたはずの穴山信君も、裏では徳川家の重臣石川数正かずまさとひそかに通じているというのだ。


 真田昌幸は暗澹たる気持ちで、韮崎の空を見上げた。

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