第97話 風雲急なり―4

 一方、勝頼から新府城の普請奉行を命じられた真田昌幸は、せわしなく働いていた。その顔には疲労の色が濃い。


 韮崎の断崖絶壁の地に、ありのごとく群がる普請人足を指揮し、堀を掘る、土塁を積む、石垣を組む、曲輪を築く。さらには、一の曲輪に御殿を建て、外周の防備として武田の城特有の丸馬出し、三日月堀にも工夫を凝らさねばならない。

 

 槌音つちおとは昼夜の別なく天険の崖上に響いた。


 篝火かがりびのもと、昌幸は普請の図面をみつめていた。

 そのとき、一人の人足が音もなく近づき、背後からささやいた。

「もうし」

 女の声である。


 昌幸は驚いて後ろを振り返り、頬かむりをした人足の顔をまじまじと見つめた。

 埃だらけの汚い人足姿ではあったが、顔は女。しかも、男なら誰でもむしゃぶりつたくなりそうな妖艶な美女である。

 歩き巫女の十人頭、お六であった。


「おおっ、お六どの」

 思わず驚きの声をあげた昌幸に、お六が「しっ」と指を唇に当て、周りに目を走らせた。敵の間者が潜入し、どこで聞き耳を立てているかもしれないのだ。


 昌幸はお六の意を察し、人気のない暗がりへと足を運んだ。何か重大なことが起きたのか、それともこれから起きようとしているのか。


「で、いかがした。何かあったか」

 昌幸の問いかけに、お六が声をひそめる。

「木曾義昌公、ご謀叛の兆しあり」

「なんと!」


 まさか、の事態であった。

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