第93話 夜叉姫の心根―2

 それから三ヶ月が過ぎ、真田郷に春が訪れた。

 真田郷上田の真北にある太郎山の山道をたどる三人の姿があった。先頭には幸村、そして佐江、女忍の火草である。

 この頃、佐江と火草は同い年ということもあって、急速に親しい仲となっていた。しかも、この二人はともに細面で顔形が、あたかも姉妹のように実によく似ていた。

 

「戦さはイヤでございます」

 山道を歩きながら、佐江は切れ長の眼を伏せるようにして幸村に語りかけた。

「あのような女子供に対して……むごうございます」

 佐江は過ぐる日の出来事を思い出し、眉を曇らせた。

 

 真田屋敷の大手門口に数珠じゅずつなぎにされた老若男女。乱取りの憂き目に遭い、その誰もが絶望の色を目に浮かべていた。


 弱肉強食、優勝劣敗は戦国の世の習いとはいえ、あまりにも過酷な現実であった。佐江はそうした光景を目にするたびに、我慢ができない。胸が締め付けられるように痛み、その痛みがつい衝動的な行動に走らせるのである。


 生来せいらいの激しい性情ゆえに、夜叉姫、鬼姫と綽名あだなされた佐江ではあるが、反面、胸のうちにはあふれんばかりの深い情愛をたたえているのだ。それを解する者は幸村だけではない。

 二人のすぐ後ろを見守るように歩く火草もまた然りである。


 佐江のふさぐ気持ちを晴らすように、蒼天に飛雪丸が白い軌跡を描いて、のびかに舞い翔んでいる。雪白の翼が春の陽光にきらめき、神々しいほどだ。


 佐江はかつての弁丸軍団の中で「菜飯なめしの姫さま」と称された当時から、太郎山に登ることを好んだ。幸村とはじめて出遭ったのが、この山であった。あれから四年の歳月が過ぎ、佐江は女としての季節を迎えようとしていた。

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