第92話 夜叉姫の心根―1

 大手門口あたりから騒然とした気配が漂ってきた。

 幸村が昌幸に一礼して、言った。

「それがしが、ちょっと見てきましょう」

「うむ」


 幸村が急いで大手門口に駆けつけると、佐江が馬の追いむちを使って、雑兵どもを叩きのめしている。

「女子供を乱取りにした挙句、その女子おなごどもを奪い合うとは、獣以下の所行。許しませぬぞ」

 これに、憤った血の気の多い雑兵どもが、槍をかざして応戦しようとしていた。まさに一触即発、血を見ずにはおさまらぬという危うい状況であった。


「待て、待て。槍をひけ。御門でのかような騒動、まかりならぬ」

 あわてて仲裁に入った幸村の面前に、見境のない槍が唐突に繰り出された。

 それを間一髪のところで躱したものの、もう一人の雑兵が幸村に対して太刀を閃かせた。

 刹那――。

 太刀を振りかざした雑兵が、なぜか「うっ」と短く呻いて悶絶した。

 見れば、割れた額が血に染まっている。


 雑兵の仲間どもが一斉に殺気立った。

 直後、「ヒュッ」と風を切る音がした。

 すると、先頭にいた男が「ぐえっ」と呻き、白目をいて卒倒した。

 それにつづいて、

「うえっ」

「ひえーっ」

 と、雑兵どもの間から哀れな悲鳴が上がった。

 小石が飛燕ひえんのごとく風を切り、空を切り、乱れ飛ぶ。ツブテだ。


 どこからか少年のような若々しい声がした。

「陰守りの佐助、ご無礼ながらご助勢つかまつった。ごめん候へ」

 ツブテの主は、その姿を見せることはなかった。佐助という名乗りの声だけを残して、いずこともなく掻き消えたのである。

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