第91話 昌幸の帰還―3

 昌幸は幸村の問いに、唇を歪めて反問した。

「源次郎、わしは一応、真田家の当主として沼田攻めの総大将を任されておる。矢沢の叔父御は副将よ。なれど、真の総大将は誰であろうか。そなたはどう思うておる?」


 これに幸村は困ったように頭を掻いた。

 というのは、沼田攻めの情報は、草の者から逐一報告を受け、頼綱の大車輪の働きを耳にしていたからである。

 小川城や名胡桃城など沼田城周辺の城は、頼綱が先手となって攻め取っていた。真田家が最大の眼目とする沼田城も、頼綱がいれば難なく落ちるであろう。

 

「沼田城は叔父御の手で落としてほしいのよ」

「ほう。何故に」

「わからぬか。叔父御の手柄とすれば、論功行賞で沼田の地は、叔父御のものとできよう。手柄を立てたから沼田城も与えたということにすれば、一族一門衆からも異論や不服は出ぬ。しかも、叔父御が沼田におれば、わしも毎晩、高枕で寝れるというものよ。」

「なるほど」


 幸村は苦笑した。

 要するに、北条方であった敵地を奪っても、その地の豪族らを宣撫し、御するのは薩摩守頼綱以外の者では大変だから、ここは老練な頼綱に任せるしかないいう気持ちが透けて見えたのだ。


 昌幸は酒盃を手にした。

 斗酒なお辞せずといった悠揚たる態度で、右の眉を少し上げつつ、盃を静かに重ねてゆく。


 そのとき、突如、男の絶叫が大手門口あたりから聞こえてきた。

 次いで、男の怒号が響く。

「ご無体な。姫さまとて容赦しませぬぞ」

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